卵・死・眼―塚本邦雄「突風に」考

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 楠見朋彦『塚本邦雄の青春』は前衛短歌の旗手の、歌人としての揺籃期に光をあてた一冊である(*1)。言語芸術として高度の完結性を誇る塚本作品を鑑賞するうえで、その個人史を穿鑿(せんさく)することは不要であり、あるいは禁忌でさえあるが、『水葬物語』以前の作品には青年塚本の未知の表情がほのかに覗いて、興味深い。そのなかの呉海軍工廠での徴用時代について触れた箇所にこんな一節を見つけて、落ち着かない気分に捉えられた。

 

なお、時期や状況は不明であるが、呉で実弾射撃の訓練中の事故を目撃したと書く随想がある。その際青年軍人が、アクシデントで左目を射抜かれた。その光景が衝撃的で、邦雄は生卵を割るたびに吐き気を覚えたという。

 

 軍人・目・卵と聞けば、塚本短歌に触れたことのある読者なら、ただちに例の一首を思いだすことだろう。

 

 突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼  『日本人靈歌』(*2)

 

 「死者の死」の巻頭を飾る作品である。「生卵」→「兵士の眼」という転換は唐突だが、しかし違和を感じさせるよりさきに、戦場における死の唐突さや軽さを読者にたちどころに諒解させる速度感が凄い。と同時に、鮮烈かつ暗示力豊かなイメージを言語的に立ちあげる作者の造型力に舌を巻く。そして、この一首を解釈するうえで、塚本個人の生活史を閲(けみ)する必要はやはり、ない。

 

 先行する鑑賞もまた塚本短歌のイメージ喚起力についてたびたび触れてきた。手近にあった磯田光一編『塚本邦雄論集』を気ままにふり返るだけでも、こんな例が見つかる(*3)。

 

突風に割れた生卵と、撃ちぬかれた兵士の眼から流れる漿液との連想と呼応でもって、この一首は成立している。  

安宅夏夫「塚本邦雄の主題と方法―退廃思想とその活力」

 

むしろダリに触発されたかと思われる左の一首において、求心的な映像を結ぼうとすることで、かえって内閉性を破って、この世界のもつ不条理性を核心において表出するのである。  

花井純一郎「塚本邦雄私論」(*4)

 

その発想の直叙と比喩の即物性は、やがて(略)上句と下句の衝撃によるイマジズムに展開してゆく。 

菱川善夫「塚本邦雄論」

 

 いずれも、この一首において像的イメージの暗示力が効果的に発揮されていることを強調している。そしてまたこのような鑑賞は、塚本の作歌術についての理解によって裏書きされてもいた。「もともと短歌といふ定型短詩に、幻を見る以外の何の使命があらう」という塚本じしんの言葉に端的に示されるとおり(*5)、その短歌は創造的想像力の所産であり、あるいは純然たる知的工作品である。そのイメージは作者個人の生活の具体的文脈に回収されることなく、あくまで自律している。翻って(そして思いきって単純化して)言えば、塚本が制作にあたって拠り所とするのは、巧緻な言語操作能力それのみである。こう言ってもよい。塚本短歌は〈作為〉への志によって貫かれている、と。

 

 さて、ここで冒頭の楠見の記述に立ちもどる。私が落ちつかない気にさせられたのは、一首に下敷きとなる経験的事実があったとすれば、塚本短歌の作歌原理にいかにもそぐわないように感じられたからである。もっとも、それによって掲出歌の鑑賞がおおきく変化してしまうということはないだろう。解釈は言葉に膚接してなされるべきであり、それが塚本個人の実体験とどのように関わっているかということを問う必要は、さしあたりない。だが、塚本という歌人の作歌術についての理解―あるいは偏見といってもよいと思うけれど―ということになると、どうか。塚本が前衛短歌運動において主体的に引きうけた役割の意味を重視するために、私は虚構と事実の二分法に意識過剰になり、その作品をもっぱら前者のプリズムをつうじて眺めていたのではないだろうか。言い換えれば、経験が作為を介して詩的真実へ昇華する〈過程〉について、注意が行きとどかなかったのではないか。

 

 結論を急がず、ここで塚本じしんの言葉をふり返っておこう。

 

実弾射撃とやらで幹部候補の青年軍人が標的役を押しつけられ、左眼を撃たれ、弾丸は左脳を射貫(いぬ)き、血まみれで運ばれるのを咫尺に視た。襟のカラーが水晶体の粘液と血で、薄紅に汚れてゐた。必ずしもそのショックゆゑならず、生卵を割ると嘔気(はきけ)を覚えた。(*6)

 

 この一文が書かれた場について明らかにしておいたほうがよいだろう。これは「短歌研究」誌上の特集「演習―『作品の深化』推敲のプロセス」に寄稿されたものであり、推敲過程の作例五首(うち一首が最終形の「突風に」だ)とともに(*7)、作歌の背景を記したものである。記述は具体的で、すこぶる陰惨な印象を与えるが、しかしこれが事実ありのままかと言えば、現在のところ私は判断を留保せざるをえない。少々、歌の内容と辻褄が合いすぎているようにも思う。何より「塚本邦雄」という名が、素直に事実として受けいれることを躊躇させる。こうなるとメビウスの帯さながら、その書き物について事実非事実を論(あげつら)うことは難しくなる。その意図を訝って途方に暮れる読者を、泉下の塚本は嗤(わら)っているのではないだろうか。ただ、真偽のほどは別として、生卵のくだりには手応えがある。「嘔気を覚えた」かどうかはともかく、生理的におぞましい感じを受けとることはあったかもしれない。実際「卵」は塚本短歌の頻出語だが、これについて吉田漱が、美術家らしく実に鋭い指摘を行っている(*8)。

 

残酷美は一つの陶酔さえもたらすものである。「卵黄吸ひし孔ほの白し死はかかるやさしきひとみもてわれを視む」。穴のあいた白々とした卵殻は摘出され、むき出しにされた眼球のイメージであり、ものが在るべきところから、ものとして在るべからざる風景のなかに取り出されたときに生ずる恐怖残酷美が、この歌の背後にはひそんでいる。

 

 卵・死・眼は、塚本のなかで強固な連想によって結合されている。吉田の言葉は、掲出歌にもあてはまるだろう。割れた卵殻の虚ろさとそこからだらしなく溢れる卵白は、それだけで嫌悪の感覚に強く訴え、死のみだらな酷たらしさを印象づける。他方において、そのイメージは無意識を鷲づかみにする訴求力をもっており、不作法に人の注意を惹きつける。この感覚には、リアリティがある。塚本邦雄の身体性が、一瞬垣間見えるのだ。

 

 塚本短歌は、近代短歌の私性からどのように離れるかという一点において制作され、また享受されてきたように思う。それは戦後短歌のプロジェクトを遂行するうえで必要なプロセスであったことはまちがいないが、その方法が幅広く浸透する一方、私性の反映のされ方も多様化した今日、虚構・事実の二元論に囚われない読み方が試みられてもよい時機なのではないだろうか(*9)。それは単に虚構を現実に還元するのではなく、虚構の深度と事実の飛翔度の双方によって、作品を立体的に把握する作業となるはずである。

 

 

(*1)ウェッジ文庫、二〇〇九年。
(*2)四季書房、一九五八年。
(*3)審美社、一九七七年。
(*4)余談めくが、安宅・花井ともダリに言及するのにたいして、キャパの「崩れ落ちる兵士」に触れる鑑賞もある。私もそうだ。拙論「映像とイメージ―写生短歌における『見る』ことの深化を巡って」『現代短歌最前線・新響十人』北溟社、二〇〇七年。連想の違いは、「卵」「兵士」のどちらを出発点にするかで異なるだろう。イメージの鮮烈さは一首に個性を刻むが、他方で他ジャンルにおける類似イメージを招きよせる効果ももつ。この点で、小池光の次の発言は示唆的だ。「塚本さんの名言の一つにあらゆる歌は、本歌取りだという言葉がありますけど、塚本さんの歌は、その言葉通りすべて何かを受けている。それは下敷きという意味ではなく、一枚のキャパの写真を受けて今あげられた歌ができているというような。(略)ダブルイメージするようなものがいっぱいあるので、それを読み解き味わっていくことは大事な作業です。」「座談会・抵抗としての歌、豊かさとしての調べ」『塚本邦雄の宇宙―詩魂玲瓏』思潮社、二〇〇五年。
(*5)「短歌考幻学」『定本 夕暮の諧調』本阿弥書店、一九八八年。
(*6)「短歌研究」一九九八年六月号。原文は一部正字体で記されているが、引用にさいして新字体に改めた。
(*7)ただし、推敲中の試案を事実に基づいて掲載したわけではないようだ。塚本じしん「たとへば右の五首にしても、四十数年前を克明に回想し、偶然残つてゐた日記その他に徴して一首一首を再録したものではない」と断っており、執筆当時の創作であることをほのめかしている。
(*8)「『水銀伝説』『緑色研究』―《極》をさす磁針」『塚本邦雄論集』。
(*9)坂井修一『鑑賞・現代短歌七 塚本邦雄』本阿弥書店、一九九六年は、その先駆的な成果である。