真中 朋久


「機械力専制」のこと

同人誌「Sai」の特集「工場(つくる)」を持ち歩いて、あれこれ考えている。いろいろなことを考えさせる企画だった。
川崎の地帯でいくつかの工場の見学をしながらの合宿歌会の記録および合宿参加者の作品を中心に、玲はる名による評論「『工場』という穴場」、生沼義朗、高島裕のそれぞれ70首、50首を巻頭に据える。
文中にも何度か言及されているように、「工場萌え」などという言葉が出てくるような、ある種のノスタルジーとしての工場への視線というのもあるらしい。しかし現実に工場というものがなければ私たちの生活も維持されない。一口にノスタルジーといっても、甘い感傷にひたるばかりでもなく、近代日本を歴史的に振り返ってものを考えることに意義はあるだろう。そしてまた普段そういう世界に足を踏み入れることが無い人にとっては「『ここは立ち入り禁止区域です』という無機的なアナウンスが大音量で繰り返されていた」というような場所は、「心胆を寒からしめ」るもの(岸野亜紗子)であり、夢とかSF的な妄想とか、つまり表現としては喩の噴出を感じるような場であるだろう。そのあたりの、さまざまなアプローチも、合宿歌会での議論に窺える。

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作品をいくつか引く。
たとえば盛田志保子「無題」は、合宿に参加しての作品ではないようだ。

・工場を背にして父が飛ばしてたラジコン飛行機川面に落ちる

これなどはノスタルジーに近い作品。工場の街に育った私としては、とても懐かしく感じる。今でももちろん住宅地の近くに工場のあるような場所はあるけれど、工場らしい工場は、遠方の工業団地や、さらに海外に移転してしまう。工場の跡地にマンションやショッピングセンターが建ってゆく。こんなふうな場面の切り取り方をすると、いかにも「昭和」という感じになる。
合宿参加者の作品も、いろいろな系列の作品があるが、たとえば松村正直「鶴見線、その他」は、土屋文明の「機械力専制」に言及し、リアリズムで工場地帯の風景を描写しつつ、こんな作品も並べてゆく。

・ふとぶとと脈を打ちつつ流れゆくこの生殖のちからを思え

さらに黒瀬珂瀾「夢を作る」も、リアリズムの作品を配しながら、「夢」ということを言う。

・尖塔のさびしきまでに天に噴く炎よ 夢なりき製油所は

工場にもいろいろあって、土屋文明『山谷集』ならば〈小工場に酸素溶接のひらめき立ち砂町四十町夜ならむとす〉のようなものから、〈吾が見るは鶴見埋立地の一隅ながらほしいままなり機械力専制は〉というものまであり、とくに後者のほうのような圧倒的な物量の前に立たされるとき、奇妙に現実感のない感覚に誘われるということはある。「夢」というのが、むしろ実感であったりするのだ。

合宿作品の中で、最も過激(奇妙)なのは、今橋愛の次の作品か。

・野生動物の反たひ語は家畜/工場の反たひ語は/〓 〓 〓/なに?

本欄は書式制御がちょっと難いので改行を「/」として一行で引く。また〓は四分休符(カラスかコウモリのような「休み」を示す音符)。多行書きや、意図的なのか怪しげな仮名遣い(これは認めたくないが)はともかく、いきなり「反対語」を持ち出してくるのが面白い。
この過激さのまま行くのかというと、詞書をまじえながら、父親らしき人物も引き寄せてみせる。

・「工場つてゆうたつて結局はそこにいるひとやからなあ」つて言ひさう。

ああそうだ。ベテランはそう言うだろうと思う。「言ひさう」というあたりで、予期してしまい、しかしそれを肯うでもなく否定するわけでもなく、ただ何かもやもややしたものを読者との間に投げ出してみる。

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ところで、この特集では「工場」と書いて「つくる」と振る。素朴には「工場」とは、ものをつくるところだ。もっとも、清掃工場(最近は「クリーン・センター」などと呼ばれることもある)は何をつくるのかというと首をかしげてしまう。「修理工場」というのも、「つくる」というのとはちょっと違う。発電所は工場と呼ばないけれど、臨海工業地帯にあって、かたちのないエネルギーを生産している。
そういうことを思いながら巻頭にもどって、生沼義朗「ものつくる」70首を読んでいると、

・生者は青の、死者はグレイのストレッチャーで運ばれておりそれぞれの室に

・救急室ロビーのテレビモニターは鏡となりて遺族を映す

・胃カメラを挿管すれば率直な反応として嘔吐は返る

といった作品があらわれる。
かならずしも「工場」ということではなく「労働の現場」ということで配置された作品なのかもしれないが、しかしこれはもう「工場」ではないか。
じつに、あらゆるところが「工場」なのだ。学校が「教育工場」になっているというのは1980年代の議論であるけれど、その時代とはまた別の意味で、工場化が進行しているように思う。「機械力専制」とは、歯車とか回転軸とかのことではなく、土屋文明の時代も現在をもつらぬく、人間を優先しないシステムのことなのである。もちろん時代によって大きく違うところはたくさんあるだろうけれど、そういうシステムは、必ずしも「つくる」というポジティブな言葉で言いつくせるものではないのではないか。もちろんそういうことを充分に含んだ上で、「つくる」ということにこだわる場面もあるわけだが。

かつては技能に裏付けられた自信と、集団の規律というものが工場の基盤であった。「結局はそこにいるひと」というのはそういうことだろう。しかし、巨大化と合理化が進んでくると、何かあったときには人間業では対応できなくなる。自分で考えて行動するのではなく、マニュアルどおり、あるいはシステムの指示どおりに行動するのが無難だということになると、それはもう、ほとんど責任を負うためだけに人がそこにいるというようなこともある。
そういうところでモラルを保つのは容易ではない。多くの「現場」は、おそらくそういう問題を抱えているだろう。

工場地帯を遠望し、耳目を全開にして見学コースを歩く歌人の想像力は届いているか。そして、私たちに、私たちの生活のありさまは見えているだろうか。そしてまたそれぞれの「現場」にいる歌人は、ぴりぴりと感じていることを言葉にできているか。

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私が工場について考えるときに参照するのは、少々古い本であるけれど、大工場については中岡哲郎『コンビナートの労働と社会』(平凡社,1974)、小工場は小関智弘の諸書、たとえば『春は鉄までが匂った』(晩声社,1979……ちくま文庫,2004)などである。
中岡は、鹿島地域のコンビナートに働く人々と、地域の変貌を丁寧に取材し、いきいきと描きだした。石油ショック以前の、経済成長が信じられていた時期のこと。最新式の工場では滅多に事故は起こらず(つまりは経験を積むこともできず)、しかし一度事故が起これば命を失うかもしれない。そんな現場を、深夜に一人で点検してまわる作業員の感じている恐怖など、とても印象的であった。この本に出会って十数年後、バブル後のリストラ(人員削減と高度なシステム化)の現場でも、基本的にはほとんど同じことが(事故の程度はそれぞれ違うけれど)起こっていることに驚いたのだった。