吉野 裕之のアーカイブ

あたたかき日に氷片のごとき日をはさみて冬のはじめ子は癒ゆ

コマーシャルのあひだに遠く遅れたるこのランナーの長きこの先

逆光の扉(どあ)にうかび少女立てばひとつの黄昏が満たされゆかむ

少年の糸鋸(いとのこ)一つ残りいて夕陽にひろき工作の部屋

今日は水出でぬ噴水の渇きいてあからさまなる空間が見ゆ

日の丸はお子様ランチの旗なれば朱色の飯(いい)のいただきに立つ

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」

忘れてしまうものとして聞く生い立ちに母と別れた夏の日がある

おそろしき桜なるかな鉄幹と晶子むすばれざりしごとくに

なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました

レジの女(ひと)の指(おゆび)がひどく荒れてゐる指がわれにおつりを呉れぬ

緩き時間まとう木橋を渡り終え人は陽射しの中へ還らむ

道ひとつ渡りて小さくなる兄の振り返り見る父も小さし

そのあとはわれの鎖骨をこんこんと叩いてきみは眠るのだった

「そら豆って」いいかけたままそのまんまさよならしたの さよならしたの

前籠に午後の淡雪いっぱいに詰め込んだまま朽ちる自転車

アトリ科の鳥とのみしか分からぬが柿の枝より移りてゆけり

つはぶきの花は日ざしをかうむりて至福のごとき黄の時間あり

とどろける環状七号線上の橋をしょんがらしょんがら渡る

十月の雨そぼふりぬ公園にをさなごひとりゲートボールす

まだ会社に慣れないせゐかオフィスでは鏡と犬が区別できない

しんじつを知りてしまいし人の名のまたひとつ神の指にて消さる

やがてわが街をぬらさむ夜の雨を受話器の底の声は告げゐる

窓をうつ風雨となれる夜のほどろ目ざめて俺は青年ならず

石臼は石となりつつ 庭の上に白く光れり時雨のときは

ママ なぁに ママ 気泡の如き会話する 君小さくて小さくて 夏

川を呑み川を吐きだす橋といふさびしきものの上を歩めり

雲を雲と呼びて止まりし友よりも自転車一台分先にゐる

にぎりしめる手の、ほそい手の、ああひとがすべて子どもであった日の手の

降る雨の夜の路面にうつりたる信号の赤を踏みたくて踏む

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