三井修のアーカイブ

時刻表は褪せて西日に読めざりき岬の鼻に待つ風のバス

死の時間近づく人に「おだいじに」とはいへぬただ礼(ゐや)にて離る

病廊を清掃しゆく機器の音遠ざかり日曜の夕ぐれが来る

おおよその若き日を知る友どちと湯葉のお煮染め茶の間に食ぶ

太陽を迎える準備はできている菜の花畑に仁王立ちする

当事者が切り出しくれば長くなる無断複製をされにし経緯

雑魚寝する頭跨ぎてだれかまた棺の傍に泣きにゆくらし

食卓にこぼれて光る塩の粒、宇宙の闇をわれは想へり

大鍋に湯がゆっくりと沸きたつを見つめておれば一世は過ぎん

不自由な位置に貼りつきコンセント叱られつづける二十数年

泉町大工町過ぎ坂道を下りぬ向かい風を浴びつつ

待ちあはせしたる子が裸子植物に見えてくるなりグリーンの服

誰も弾かぬピアノとチェンバロある家で除湿機の水をせつせと捨てる

わが庭の薔薇垣に朝のひかり差すまさしく日食まへの太陽

あじさいがまえにのめって集団で土下座をしとるようにも見える

妻も子もテレビに明日の天気見る観天望気といふを知らぬか

これが老残自然のさまか今の今己が事のみ関心にして

もやは神はひとを裁かぬ 自動式洗浄トイレに水は渦巻く

ほんたうは一度もできたことがない至極まともな雪だるま、他

不発弾と同い年なり爆弾のとびかふ時にわれら生まれて

身にあわぬ新かなのシャツとりあえず着古しゆかん選びしからは

滞空をきそえる雪をかきわけつ本局へ向かう速達出しに

午睡より醒めれば窓はあかるくてときをり空は鳥を零せり

磨かれて柱時計は帰り来ぬ。なお聴き継がむ、家の鼓動を

桜咲くこの序破急にうつつなく残り少き時間割きをり

六月の雨吸ひつくしたる量感に山あり山の木木は立ちたり

僕らには未だ見えざる五つ目の季節が窓の向うに揺れる

新しき眼鏡にせんと思いおり苦しみてもの書きたるのちに

漂へるたましひのかたちエシャロットの若根をきざむ桜まふ午後

衣着けし犬がひかれてゆく土手に野良犬が首をあげて見てゐる

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