光森裕樹のアーカイブ

波とほく寄する耳鳴り 八月の雲が厚みを増してゆくとき

天からのサインが風に溶けてゐて諦めよといふ九月の朝に

十月の孟宗竹よそうですか空はそんなに冷えていますか

水薬の表面張力ゆれやまず空に電線鳴る十一月

灰色の空見上げればゆらゆらと死んだ眼に似た十二月の雪

舞い上がるぺらぺらな紙このままで十三月の空に死にたし

あおあおと一月の空澄めるとき幻の凧なか空に浮く

約束をつんと破ってみたくなる二月の空にもりあがる月

しみじみと三月の空ははれあがりもしもし山崎方代ですが

捨て猫の瞳の底に銀の砂 四月の雨はふいに降りやむ

五月の樹をゆるがせて風来たるのち芯までわれを濡らす雨あれ

小道さへ名前をもてるこの国で昨日も今日も我は呼ばれず

民族が違ふと言はれ黙したり沖縄(うちなー)びとにまじりて座せば

パチンコをしつつ嬉しもニイチヤンと隣の台の男に呼ばれ

(きのこ)たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして

ひらがなで名を呼ばれたりはつなつの朝のひかりのテーブル越しに

フジワラちゃんと呼ばれることもうべなえばああなまぬるき業界の風

野口あや子。あだ名「極道」ハンカチを口に咥えて手を洗いたり

ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

君でない男に言われ立ち止まる「あなたが淋しい人だから」など

俺は詩人だバカヤローと怒鳴つて社を出でて行くことを夢想す

来ないでよ母さんだけが若くない お前に言われる日がきっと来る

「駄目なのよ経済力のない人と言われて財布を見ているようじゃ」

変人と思われながら生きてゆく自転車ギヤは一番軽く

新姓を貼り付けられて生き延びるこのベランダは終着点なり

「自由を謳歌」ってひとりぐらしのトイレにも鍵かけているわたくしが、か

恋愛にはるかに遠き関係として呼び出されたること多し

ひと憎むことほど易きことはなく松の針ふる下を歩めり

食ひ終へて食ひ飽かぬとぞわが母のわれを憎しむ目に力あり

生涯憎み続けるといふ一言をむしろなぐさめとして覚めをり

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