今井恵子のアーカイブ

口ふれし水の感じをたもてれどさかりきていまとほき粗沢あらさは

山中に木ありて木には枝ありて枝に一羽を止まらせている

橋脚ははかなき寄辺よるべひたひたと河口をのぼる夕べの水の

やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく

核実験大成功と歓声の上りたる場所トリニティサイト

捨て身の如くねむれる猫のゐて海はふくらみを夕べ増しくる

雲を見て今得し歌の片はしを山の鵯鳥ひよどり鳴けば忘れぬ

白きシーツに黒き二つの眼が澄みてしづかに人の瞬きをする

くろがねと陶器と硝子と風鈴三つおのづから鳴りおのがじし鳴る

人間は世のひとかたに去りしごとひそけき昼を爬虫類出づ

股関節こくつと鳴りぬストレッチは自分のからだを捜すものなり

硝子戸の外にて雨はふるとみえず梅の葉が昏くぽつりぽつり動く

卓上に綿棒いっぽん横たわり冬の陽射しに膨れはじめる

麻痺の子の逝きて時経し向ひ家に人の笑ひのきこゆと妻は

桃の木はいのりの如く葉を垂れて輝く庭にみゆる折ふし

連結して貨車降りるときこはばりし指のはずれずふる雨の中

さそはれて窓より首を出すときにみじかすぎたり人間の首

給油所のうえの虚空はさざなみの沼につづけり 横ながの沼

さかいめのなき時を生きゆうらりと瞳うるわし川底の魚

参道の夜店の面に目がふたつ開いたままに暮れどきに入る

末なるがめぐしきものと群肝の心にしみぬしが幼聲

針の目の隙間もおかずと押し浸す水の力を写したまへり

息子とは見るものが違い朝雲のバックミラーを俺は動かす

わらべペダルの上に身を立ててこのつゆばれの夕べをきたる

寒あおぞらかぎるもの見ずたかひかる米軍制空権のとうめい

チャーハンの写真を撮つてチャーハンを過去にしてからなよなよと食ふ

人齢をはるかに超える樹下に来て仰ぐなり噫、とてもかなはぬ

みづからの雨のしたたりにあぢさゐの花は揺るるにおのおのにして

身はたとへ武蔵の野べに朽つるともとゞめ置かまし日本魂やまとだましひ

塹壕に最後までありて死行きし娘子軍ぢやうしぐんの死体まだ暖かに

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