今井恵子のアーカイブ

浅草の地下に溜れる浮浪児を父の肩より見しを忘れず

靴音となり人のゆく地下道の靴音の群へわれも降りゆく

リストラというよりかつての日本語は端的率直馘首と記す

眼にふれて時にひかるは春の日に蜘蛛の糸など飛ぶにかあるらし

原発が来りて富めるわが町に心貧しくなりたる多し

流されて家なき人も弔ひに来りて旧の住所を書けり

苦しいと思えば呼吸を思い出す/苦しいと思えば浪江を思い出す

被災せし人は誰も見ず 鳥瞰的津波映像を見るはわれらのみにて

若狭より水を送りて大和にて汲みあげている春の仕来り

はまぐりの汁澄みとおる雛の夜に俄かに母の老いふかみゆく

薄墨のひひなの眉に息づきのやうな憂ひと春と漂ふ

雨の日はももいろの傘さしてゆく幾千のももの桃色のあめ

湯に入れば湯殿に母はつき来り我が背を撫でて泣きたまふなり

葦の間に光る水見ゆをさなくてかなしきときも川へくだりき

アダムの肌白人はしき白といひエチオピアの子は褐色といふ

かなしみはひとふりのむちせかれつつ歩むわが背に響く風音

たどりつく浜の薊に羽根ひらきあさぎまだらは全身さらす

セイロンの紅茶淹れつつ思ふかなこの葉を摘みし人の指先

寒雀このあかつきのさへづりにおもてただしてわれはありたき

午後の陽は卓の向かうに移りきて人の不在をかがやかせたり

発音で出自が知れるイギリスの階級社会を強く憎めり

やさしさはこころのはじめ水こえて来たる子の眼のなかの冬蝶

カナリヤの囀り高し鳥彼れも人わが如く晴を喜ぶ

枝を過ぎ葉に触れはにふれそしてみなわが眼のなかへ雨おちてくる

みづからを家の深くに進めゆく音せりよるの老い母の杖

ペンギンに踏まれる感触の夢さめて満ちくるごとく身に力あり

鍋の火を消してふりむく裏口の暗さの向こう燃えている空

マンションより月夜に箱を運び出す男に淡き尻尾がありぬ

淡雪にいたくしづもるわが家近く御所といふふかきふかき闇あり

等伯の松林図けふ観にゆかむ朝のとこにきたる雨音

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