江戸 雪のアーカイブ

空のない窓が夏美のなかにあり小鳥のごとくわれを飛ばしむ

愛恋のはざまむなしも雪崩つつけぶるがままに幾夜ありけむ

こともなく陽の照れる街を須臾に見て坂をくだりをり逢ひにゆくなり

「母よかかはりなし」と言ひにけり若きナザレの聖工匠(たくみ)の子も

あらはなるうなじに流れ雪ふればささやき告ぐる妹の如しと

亡き父のマントの裾にかくまはれ歩みきいつの雪の夜ならむ

十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり

母たちは乳母車より手を放すセガンティーニの絵に見入るとき

まぎれなく昨夜のわたくし其処に在り裂きたる紙のうち重なれば

アンデルセンその薄ら氷(ひ)に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす

妻の手紙よみつつおもふ互(かた)みなる吾の手紙も悲しからんか

モニターにきみは映れり 微笑(ほほゑみ)をみえない走査線に割(さ)かれて

雲などが流らふるよと見て居るに全身をかけて子に頼らるる

初老なる父が紅葉す陽に焼けし木の実ひとつぶ懐に抱き

家々はリースをドアに飾りつつ兵士がやがて帰り来むドア

恋人と怪獣映画見て冬の街へここでは何も起きない

まなざしにはふれないやうにかきあげる火星の土の色の前髪

往還の道の辺にある丸き石 この石にだけは勝たむと思ふ

立つと……あなたの背中どこまでも伸びてゆくように他人ね。

見ないまま抱きあふとき骨格のふかさの中でわが咽喉ほそき

おそ秋の陽が氾濫する街をきて憎むこと多き愛をおもえり

相聞もインターネットでかわす恋仮想現実ゲームのなかで

「さびしい時うさぎは死ぬ」と母言ひき呪文めきたるさびしき言葉

おとうとはとほくてたふとい 其の背なにいつより触れずわれらねびゆき

壮年期過ぎむとしつつ一人称「われ」といへどもはるかなる他者

見覚えのあるコート着て長椅子に偶像のごとき妻ゐたりけり

抱きあへる感触のみをのこしつつ夢のなぎさのレアリテあはれ

告げざりし心愛(お)しめば一枚の画布(トワール)白きままにて残す

海を見るような眼をわれに向け語れる言葉なべて詩となる

黒闇(こくあん)の垂れそめにけるおもざしを嘆かひにけり父なるものは

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