中津 昌子のアーカイブ

髣髴(ケシキ)顕(タ)つ。速吸(ハヤスヒ)の門(ト)の波の色。年の夜をすわる畳のうへに

大言壮語美しかりし男らもなし二方より野火は放てど

手をつなぐためにたがひに半歩ほど離れたりけりけふの夫婦は

花のため切られし茎のきみどりの匂い強くて少したじろぐ

旗また旗のつづく市街のいくたびも思われて白いタオルをたたむ

鹿の肉切り裂くに顯(た)つ伏す鹿の伏せし睫毛の伏せし深翳

雪の夜はをみななるわれ温石(をんじやく)の言葉となりて夫を寝(い)ねしむ

誕生日祝ういわおうエスキャルゴオの殻から黒い身をぬきだして

木陰にてさくりと鍬をふるう祖父影をもたぬは哀しきことよ

薬臭のなかにかすかに乳の香す母をベッドへ抱きおろせば

綿飴かい うんにや、ひとだま 石垣をふはり越ゆるはほんに美味さう

老犬の日向ぼつこを眺めゐる父かな母かな仲よく老いぬ

冬山の遠き木靈にのどそらせ臟腑枯らして吠ゆる犬あり

ずっと前の約束の時刻が記してあるポケットの中の紙切れを捨つ

白き坂のぼりつつおもう 尾はことに太きがよろし人もけものも

街上(がいじやう)の焚火にあした人あらずしづかなるかなや火をぬらす雨

王冠のかたちに透けるガスの火に獣乳ささぐ秋のおわりは

わがうちに井戸ありいまだわが汲まぬ井戸にもたれて影ひとつあり

ムンクの絵〈叫び〉を〈あくび〉と改名す女子高生はただものでない

ひとひらの置手紙ある朝なり皿白く輝(て)り誰もをらざり

竹竿(たけさを)の朽ちて割れ目に入りし雨打ちおとしつつもの干す今朝は

色彩のかぎりを尽す夕ぐれや今日愛されしコメディアンの死

坂を登ると見ゆる水面や登りきて打ちつけに光の嵩にまむかふ

ワイシャツの肘に乾けるご飯粒一日をわれとともにありしか

年寄りの冷や水だらうと人の言ふお年寄りには温かい茶を

ひとふさの葡萄といへど手に余り内なる闇のかがやきにけり

山みれば山海みれば海をのみおもふごとくに君をのみ思ふ

座席には互いに快適に坐ろうぜ詰め合って窮屈に坐ることはない

秋雨は芯まで雨だ むらさきの傘しばりつつ階段おりる

南の洋(わた)の底ひに水漬きつつ 白じろとして 面わ冴えゐる

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