澤村 斉美のアーカイブ

雑然たる日々のすきまに見えきたる光の如く年を迎うる

人恋ふにあらねきさらぎ雪積めばさ夜更けてひかりいづるわが髪

慈姑(くわゐ)といふ字がいいなあと思ひをり慈姑のやうな青を着ようか

あかときの雪や雪てふ仮の名をもちて此岸の葦の間に降る

袈裟掛けに妻を斬りたる机竜之助の無頼たのしむ風邪の布団に

家族には告げないことも濃緑(こみどり)のあじさいの葉の固さのごとし

やはり<明日>も新鮮に来てわれわれはながい生活(たつき)の水底にゆく

一滴の青を落としてわが画布にはばたく鳥の羽を弑(しい)する

然り、然り、幸福ならむ夫と子と夕もやのごとき魚を飼う日は

林床のどんぐりの実のそれぞれに父母ありしと思う初冬

木戸あけて茗荷はどこと言いながらははがしゃがんでいるような朝

全身にゆきのにほひをまとひたるこどもがをりぬ。ほら、わたくしが。

今年またわが門前の若ざくらひらくがあわれ天つひかりに

セケン帝なる皇帝がいるらしいあの日の丸の赤の奥には

冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり

おまえの世界に存在しない俺の世界のほぼど真ん中ガムを噛んでいる

黄楊の葉にさがる蜘蛛の子うつつには見えざる糸をのぼりはじめつ

ラッシュアワー過ぎしホームに梯子もて時計の針をなおす人見ゆ

水喧嘩かなたに見えてかげりくる厩のさくら散りそめにけり

田楽を食いつつ見居り真上から眼をほそめ見る夕日の紅葉

秋のよるもう寒いねと傳八で品書(しながき)見をり おからがいいね

二度三度首をまわしてそのあわい人は窓から道を見下ろす

胸ぬちに凝れるものを告げ得ざる秋や五裂のもみぢ色づく

激情の匂いするみず掌(て)にためてわたしはすこし海にちかづく

『夜と霧』つめたきこころのままに読みときどきおほき黄の付箋貼る

山に来て二十日経ぬれどあたたかく我をば抱く一樹だになし

手套にさしいれてをりDebussyの半音に触れて生のままのゆび

啄木の日記の上に目覚むれば干し草ほどに乾ける活字

切株の裂け目に蟻の入りゆきて言葉以前の闇ふかきかな

きつとある後半生のいつの日かサヨナラゲームのやうなひと日が

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