江戸 雪


ああ僕を誰の代はりにして君は抱かるる朝の葉月の茘枝(れいし)

黒瀬珂瀾『空庭』(2009年)

葉月。いきなり、なんとさびしいモノローグ。

一緒にいても、君は誰かほかのひとをおもっているのか。自分は誰かの身代りなのかもしれない。
ついつい虚無的な愛を君にむけてしまう。

けれど、ひとをおもえばおもうほど、この感覚がふかまってしまうときがある。
誰が悪いわけでもない。ただ、なんとなく物足りない、もっとおもいたい、もっとおもわれたい、という欲求の延長線上にこの感覚があるのだろう。

この歌、三句目から四句目にかけてすこしずれた感じがする。
リズムなどもかんがえて、三句目の「君は」でいったん切って読む。
君に抱かれる朝。もっと幸せを感じてもいいはずなのに、さびしい歌だ。

茘枝(れいし)は赤くて硬いイガイガの皮のなかに、半透明のプルプルの果肉があり、とてもおいしい。広東語では<ライチー>と発音するらしく、日本ではライチと呼ばれることが多い。
一首につらぬかれたこの脱力感と不安感。茘枝(れいし)がこの場面にうまくとけこんでいる。