大島史洋『藍を走るべし』(1970年)
「大脱走」だ。一読してそう思ったのは、この歌を読む少し前に名画座で「大脱走」を見ていたからだ。スティーヴ・マックイーン、ジェームス・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームス・コバーンらスターが総出演する、1963年の大ヒット映画。第二次大戦下、ドイツの捕虜収容所から連合軍将兵達が脱出を試みる。脱出方法は、地下トンネル堀りだ。えっ、この人こんなに若くて格好よかったのと思うチャールズ・ブロンソンが、泥に這いつくばってひたすら穴を掘り進める。どろどろの、ぐしょぐしょの、べちょべちょだ。だがそこには、軍人の矜持がある。自由への希求がある。若さがある。
といったトンネル掘りの様相、その心意気を、一首は見事にいい当てているのである。チャールズ・ブロンソンのポスターの横に置きたくなる一行だ。作者がこの映画を見ていたかどうかはわからないが、一首には、1960年代という時代の空気、自由への若い渇望が満ちみちている。
<堀りすすむ/間道いくつも/井戸をすぎ/ずぶぬれの身を/よこたえるまで>と、5・8・5.7.7音に切って、一首三十二音。「間道」は本道から外れた脇道や抜け道であって、地下道という意味はないが、「いくつも井戸をすぎ」て「堀りすすむ」のだから、地中の道である。<わたし>が堀りすすむ間道はいくつも井戸をすぎ、といいさして、三句でいったん切れる。下の句「ずぶぬれの身をよこたえるまで」は、意味の上では「井戸をすぎ」につながるだろう。すなわち、<わたし>が堀りすすむ間道は、<わたし>がずぶぬれの身をよこたえるまで、いくつも井戸をすぎ、ということになる。「井戸をすぐ」と終止形でいいきらず、「井戸をすぎ」と連用形でいいさす。一首の中で叙述しきらないスタイルは、ナルシシズムの一形態だ。
ナルシシズム、といま書いたが、『藍を走るべし』は若者のそれが炸裂する一冊である。現代短歌社「第1歌集文庫」から昨年刊行された『藍を走るべし』により、私は初めて作者第一歌集の全容にふれた。そして、短歌集というより、啖呵集といいたくなる作品世界から、春日井建を思った。大島史洋から春日井建がみちびかれるとは、思いもかけないことだ。しかし、啖呵的精神に通じ合うものがある。泣き言をいわない。弱音は吐かない。武士は高楊枝でつっぱる、つっぱり通す。その矜持と自負。春日井建が「宇宙の王子さま」(Ⓒ穂村弘)なら、若き日の大島史洋は「馬上の貴公子」(Ⓒ田井安曇「現代短歌雁」第五十三号)なのである。第一歌集の後に作歌スタイルを変えた作者は少なくないが、中でも大島は最右翼といえるだろう。
以下、『藍を走るべし』の作と、最新作をあげる。
手さぐりの歩みをきらう一人にて山の狭間に筏くみおり 『藍を走るべし』
えぐられしまなこのうらになお見ゆる悔しさは白悲しさは青
林檎ひとつ手にとりながら大空にはばたくことを許されており
どこまでも走りぬくから死ぬときは人をみおろす眼をくれたまえ
つくづくと吾は見ている第一回琅玕忌の田井安曇の顔 「歌壇」2013年6月号
『閑人囈語』に悲しみ深く書かれいる田中佳宏わが受けし恩
琅玕忌終えて熊本空港に泥面子なるおもちゃを買いぬ *「泥面子」に「どろめんこ」のルビ
富士山の上空を飛び熊本に行きしが帰りは雲の上の富士山
編集部より:大島史洋歌集『藍を走るべし』が全篇収録されている現代短歌文庫『大島史洋歌集』はこちら↓
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