待ちわびしコウホネひとつ水の面のひかり集めて今日咲きにけり

鳥海昭子『ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日』(2005年)

*「面」に「も」のルビ

 

歌は、8月6日生まれの人のための一首だ。8月5日生まれや8月7日生まれの人に比べて、8月6日生まれの人は、華やかな誕生パーティを、いまひとつやりにくいかもしれない。日本では鎮魂の日である。でも、誕生日を祝う心はどの日に生まれた人も同じだ。

 

鳥海昭子は、1929年4月6日に生まれ、2005年10月19日に76歳で死去している。作者死後の出版となったこの一冊は、ロングセラーの歌集だ。私の手元にあるのは、2006年発行の第五刷版だが、拙宅の近所にあるスーパーマケットの雑誌コーナーには、目下2013年発行の「新装改訂版第一刷」が置かれている。十日ほど前は三冊あったが、今日見たら残部一冊だ。もしかしたら、いま日本で一番売れている歌集かもしれない。

 

歌集の冒頭には、こう記される。――〈ラジオ深夜便〉では、一九九五年より番組独自の「誕生日の花とことば」(監修/柳宗民・鳥居恒夫)を放送しています。二〇〇五年四月より「花と花ことばにちなんだ短歌」(短歌/鳥海昭子)を番組で紹介しました。本書は〈ラジオ深夜便〉の誕生日の花と短歌を一年分、花の写真とともにまとめたものです。――

 

〈待ちわびし/コウホネひとつ/水の面の/ひかり集めて/今日咲きにけり〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。コウホネはスイレン科で、花言葉は「崇高」。作者はこう記す。「コウホネは浅い池や沼に生える水草です。楽しみにしていたコウホネの花がようやく開きました。まるで水面に光が差したようです」。

 

「コウホネ」は、漢字では「河骨」と書く。4月20日の本欄で触れた高野公彦歌集『河骨川』の河骨だ。「コウホネ」と「河骨」では、ずいぶん印象が違う。鳥海は歌集の中で、大半の花の名を片仮名表記にしており、詩人の中村稔が「日本で草木のことを書くときは片仮名で書くべきだ」と主張していることを思いだす。中村は、こういう。「たとえば、アジサイを紫陽花と漢字で書いたほうが字面は美しいじゃないかというのに対して、アジサイはアジサイと片仮名で書いてもやはり読者に訴えられるのであれば片仮名で書いたほうがいいというのが私の考え方なのです」(「短歌研究」2012年9月号)。鳥海が片仮名表記を選ぶ理由はわからないが、結果として作品が多くの人に享受されているのだから、「読者に訴え」る力があるといえるだろう。

 

「短歌往来」2009年5月号の「歌人回想録 鳥海昭子」に収録された作品抄を見ると、この人は社会に対していいたいことがあって詠うタイプの作者だったようだ。誕生日の花の歌とは趣の違う歌が少なくない。一部を紹介しよう。

盗癖の子の手をとれば小さくてあつたかいのでございます  『花いちもんめ』

核兵器が消えるわけではない耳鳴りはいつも一方からくる  『どっぴん語り』

戦争も止められないで天皇はいつも笑っているね・少女が言えり
                                     『ででっぽの花 かたんこの花』

延々と人殺す歴史すめろぎも信長も東条英機も医師も  『ほんじつ吉日』

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