世に別れ去りたる人よ 目に見ゆる近き他界として空はあり

伊藤一彦  『微笑の空』(2007年)

この世とあの世。
この世に生きているわたしたちは、死を知らない。もしかしたら、亡くなったひとも死をしらないまま何ものかになっているのかもしれない。
死は、終わりなのか始まりなのか。どちらでもなく、ただひとつの点なのか。
いずれにしても、ひとりの人間は、生きているときと死んでいるときではその存在感がまったくちがう。死によって長所も短所もひっくるめた完全なひとになる、そんな感じがする。ひとは、死によってその存在を完結できるということなのだろうか。

会うことも話すこともない死者がそこにいるのだ、と信じることができる場所がほしい。
愛するひとを亡くしたひとは皆そうおもうだろう。
本当は、目に見えるものほど頼りないものはないのに、目に見えるものを求めてしまう。
たとえば、そこが空であるならどうだろう。空はいつもわたしたちの上にぽかんと窓をあけている。

この歌では、空に「去りたる人」がいるといっているわけではない。空もひとつの、こことはちがう世界なのだといっているのだ。
そのずらし具合がとてもいい。

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