君ならぬ車つれなう門(かど)すぎてこの日も暮れぬ南河内(みなみかはち)に

石上露子『石上露子集』(1959)

 

去年亡くなった山崎豊子の小説をどれか読んでみようと思い、偶然買った『花紋』を読んだのだが、それが歌人石上露子がモデルであるとはまったく気づかなかった。

 

小説は、ややおどろおどろしい場面から始まっている。古い屋敷の納戸に老いた夫が軟禁されている。妻は高台のついたお膳で贅沢な食事をしているのに、水屋に入っている夫の食事は茶碗に冷や飯、たくわんと目刺しがのせられている。ここまでの場面を私の夫に話すと「えっ」と顔面蒼白で、それは本当の話なのかと聞き返してきた。

 

この小説は大正時代の女流歌人「御室みやじ」の壮絶な人生として描かれていて、どこにも石上露子という記載はない。小説のなかにひかれた多くの歌も山崎豊子の創作である。どこまでがフィクションでどこまでが史実であるか、細かくは判らないが、大筋は石上露子の生涯に沿っているらしい。大地主の跡とり娘である御室みやじが、短歌を投稿し始めた雑誌で知り合った男性歌人と恋におちるが、親の決めた男性と無理矢理に結婚させられてしまう。結婚前の恋愛を夫に知られ歌もやめさせられ、夫への憎悪の日々が始まる。

 

抽出の一首は明治三十八年「明星」に載った歌である。なかなか屋敷から外出することの出来なかった露子が、男性の訪ねて来てくれるのを来る日も来る日も待っている場面である。

 

結句の「南河内に」という終わり方が、明星調の雅なロマンチシズムの歌の並んでいる中にちょっとしたリアリズムを連れてくる。石上露子の屋敷はいまも大阪の富田林に現存し、当時の暮らしぶりがわかるようになっている。「南河内」という地名を、あまり歌のなかで見かけたことも意識したこともなかったので、私にはこの歌は新鮮だった。