もうずっとそこにあるような雰囲気で子の顔の真中に置かれしめがね

森尻理恵『S坂』(2008年)

初句から三句目「もうずっとそこにあるような雰囲気で」、このうねうねした文体が、なんともいえない子への愛情を感じる。これは狙ってできるものではなく、ごく自然に作者のなかにあらわれたフレーズなのだろう。

生まれたときからずっと、親は子の顔を眺めつづける。
顔のちょっとした変化で心配になったりうれしくなったりするものだ。子が小さいうちは、肌触りひとつで体調もわかる。
年ごろになって、親に近づかなくなったりしゃべってくれなくなったりしたとき、ちらちら、親は子の顔を見る。いや、そうして見ることしかできないのだ。

そんな子どもの顔に、いつしか眼鏡がのっかるようになった。
恥ずかしさもあってか、子はすました顔をしている。だから、親もことさら何もいわない、いえない。
上の句とはちがい、「顔の真中に置かれし」というたんたんとした表現もまた魅力的だ。
成長して、ひとは生まれたときの姿から、どんどん変化していく。そんな変化も、子の自立としてみとめよろこぶと同時に、すこしさびしさも湧いてくる。「顔の真中に置かれしめがね」にはそんな親のさまざまなおもいがこめられている。

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