灰色の蛇腹が延びて搭乗を待つ旅客機の腰にふれたり

大辻隆弘『汀暮抄』2012

 

たまに飛行機に乗ることがあるのだが、搭乗ゲートから機内へはいる通路を歩く時不思議な感覚をおぼえる。あれはボーディングブリッジ(搭乗橋)というものらしい。飛行機に乗ったり降りたりするためだけの通路で、乗った後ははずされてどこかにしまわれる。その時だけの仮の道のようなものをふわふわと歩いているとき、どこか心もとない気持ちになる。歌の素材をひろげるためにも詠んでみたいと思うが、ごつごつしたような歌になってしまう。

 

大辻のこの一首は機体を遠くから眺めていて、ボーディングブリッジが飛行機の入り口に取り付けられる様子を詠んでいる。「蛇」「腹」「腰」といった言葉が飛行機という大きくてメカニックなものを人間的にセクシャルに表している。装着する場面を「腰にふれたり」と表していて女性の体に触れているような柔らかさや痛々しさを連れて来る。

 

雨粒が斜めに窓をのぼりきてわが飛行機は機首を下げゆく

 

これも飛行機を詠んだ歌。上句では窓ガラスについていた雨粒が斜めにのぼってくるところをしっかりと写生している。かなり激しい風圧なのだろう。その雨粒の様子で、飛行機が下に向かって降りてゆくことを眼が感じている。上にあがっていく小さな雨粒と下にむいていく大きな機首が一首の中で、不思議な力で曳き合っている。「わが飛行機は」と引きつけた表現や「機首」の「首」という語がひとつの場面を浮き上がらせている。

飛行機といった人工的で巨きなものを物体として見るだけでなく日常の物語のなかへ柔らかく引き入れていく。大胆な比喩をつかっているわけでもないのに印象的なのは、文体のねばりと語句の繊細な選びがあるからであろう。

 

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