虫籠のやうな肋骨わたしにもありて夜々こほろぎが鳴く

朝井一恵『手描きの地図』(2014)

 

シュールな絵を見ているような構図の一首に立ち止まった。虫籠のような肋骨という表現は二つの形状が似ていて、リアルに骨格が透けて見えるようなイメージがある。下句ではさらにそれが展開してそのなかにこおろぎが鳴いている。こおろぎの声は作者の寂しい気持ちの象徴なのだろうが、精神的な方へ一首を読むより虫籠と肋骨の出会いの方を楽しみたい。

 

作者は長野県の駒ケ岳の豊かな自然のなかから歌を詠んでいるが、写実的に詠むだけでなく絵画的な表現がどれにもある。

 

秋の蛾は入りこめない大窓と夜空がぴつたりくつついてゐて

脛立ててこほろぎの鳴く草はらの大四角形まはりて帰る

繁みより出できて紋白蝶(てふ)が舞つてゐる夕日が重くてならぬといふがに

 

昆虫を素材によく詠んでいるのも作者の特徴である。一首目はガラスの向こうに貼りついている蛾が部屋に入って来られない場面だが、下句が面白い。空と窓の間に隙間がないとした、だまし絵のような発想が面白い。二首目は「脛立てて」という表現をなるほどと思った。そういえばこおろぎの後ろ脚は長く太くしっかりとしていて、その脚を立てて鳴いている姿がよく伝わってくる。接写カメラでこおろぎを見ているような印象がある。

また三首目は夕方の紋白蝶。少し力がないのだろうか。ふらふらと飛んでいるように感じる。夕日が重いという表現があり、それゆえに蝶自体の軽さが感じられる仕組みになっている。

 

作者は、自然の美しさを謳歌する方向だけでなく、個々の生き物が持つ特徴を鮮やかに表している。リアルに昆虫が詠まれることにより、森という存在もただ美しくこころを癒すだけでなく、小さな生き物がたくさんうごめいている深く神秘的な場所として私に迫ってきた。