あなたとふ存在を愛で秋の陽の黄金(くがね)をも賞で陸(くが)澄み渡る

紀野恵『架空荘園』(1995年)

秋は草木も陽光も、黄金にかがやく。それは冬のまえの、まるで死のまえの存在をかけたかがやきであるかのように、哀しみがただよう。
それと同時に、愛する「あなた」もどこか哀しい存在だ。

ただひとつ、すべてをささえる「陸」は「澄み渡る」。それは、すべてのものを愛しつくしたはてのうつくしい場所。
憎しみや怒りではとうていたどりつけない世界があるのだ。
この歌はそう語りかけてくる。

また、〈くがね〉が〈くが〉を呼び込んでいるのも、歌はあくまでも言葉の世界だという断固たる意思を感じる。

この作者の作品にはずっと、透きとおる船が航海しているような世界がある。
どの歌集のどの頁を開いても、その航海日誌の1頁となりたちあがってくるようだ。

繰り返す波の音こそ変はらねど秋立つ日にはこひびとも発つ
『午後の音楽』(2004年)

たとえばこのうた。かつて「陸澄み渡る」ほど愛したこいびとが、今日はどこかへ発つ。
ながくこの作者の歌を愛読していると、そんなふうに読むこともできる。
それは、個人の物語ではなく、しずかに流れつづけている歌の物語だ。

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