おたまじやくし小さき手足生えそめて天地に梅雨のけはひただよふ

出口王仁三郎『王仁三郎歌集』(2013年)

 

大本教二代目教祖の出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう)は、実に興味深い人物である。桁外れと言っていいだろう。初代なおに降りた世の立替え立直しの神諭の実現を目指した大本教は、1921(大正10)年と1935(昭和10)年の二度の弾圧に遭う。高橋和己『邪宗門』は、この弾圧事件を題材にする。戦前の絶対天皇制に反する思想、宗教体系を奉持すると判断されたのであろう。

その波乱に富んだ生涯は、それだけで興味深いのだが、王仁三郎はアーチストとして、これまた異能の人であった。とりわけ書、陶芸には破格の才能を発揮した。それこそ魂を震撼させるような筆遣い、陶碗の勇躍する形態、膚合いは、ひとたび見れば、忘れることができない。そして短歌。

王仁三郎には、超人的な集中力があったようだ。短歌に興味を持つと1日に200~300首もの歌を詠み、生涯に15万首を超す歌を残したと言われる。

これは昨年、王仁三郎の7冊の歌集から選んだ『王仁三郎歌集』を編集した笹公人の解説による。膨大な数の王仁三郎短歌から、笹が選んだアンソロジーということになるが、分かりやすい歌が並んだ。

 

天地(あめつち)も一度にひらく心地かな児のうぶ声を聞きし朝明け

長髪を風に靡かせ道ゆけばアナーキストとあやまられたり

秋の日のゆふべさびしく靴みがく直師のかほに見ゆる赤痣(あざ)

ころころと背すぢつたひて首の辺(べ)に爆発したり風呂の湯の屁は

 

「三千世界一度にひらく梅の花」『大本神諭』――出口なおのお筆先に述べられる大本教の神のことばを思わせる一首目、王仁三郎の風姿を髣髴させる二首目、出口なおに「赤痣」があったという証言の三首目、そしてユーモラスな屁の歌。どれも興味深い。そして今日の一首。

おたまじゃくしに小さな手足が生えはじめる。これも自然の摂理だが、それは梅雨のはじまりの季節の証でもある。「天地に」が王仁三郎らしいということだろう。王仁三郎にしてはおとなしめであるかもしれない。