瓢箪の鉢植ゑを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる

公田耕一「朝日新聞」2009年9月7日

 

2008年の暮れから2009年9月まで朝日歌壇に度々入選して話題になった一人のホームレス歌人がいた。まだ記憶されている方もいるだろう。

公田耕一――どうやら「くでん」と読むらしいのだが、この名の正確な読み方も分からない。朝日歌壇は現住所を名前に冠する。そこに(ホームレス)と記された公田の歌は、半年の間に28首採用され、およそ80首が投稿されたという。

 

(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ

 

最初に入選したのが、この歌である。「柔らかい時計」は、シュルレアリズムの画家ダリの絵画のモチーフである。ぐにゃりと溶けたような時計は、現実の時間とは違う時を刻む。それは路上生活者として炊き出しの列に並ぶ、壊れた存在としての自分のことでもあろうか。路上生活、ホームレスの生活をうたう投稿歌が次々に入選して、選者も読者も驚いた。日比谷公園に年越し派遣村が出来て騒がしかった時期である。一体どんな人物なのか。新聞社もあらゆる手立てを使って公田を探した。

投稿歌によれば公田耕一は横浜の寿町をねぐらにしていたようだが、そうした境遇もあって話題を呼んだのである。そして、およそ半年、この掲出の一首を最後に公田は姿を消した。以後、投稿はないらしい。

この歌、面白いではないか。「瓢箪」が二度出て来るが、それが気にならない。まるで瓢箪がくびれを隔てて双つの丸みをあらわすかのようでもある。また「軽風」、軽く吹くそよ風だが、佐藤佐太郎の歌集名をも想起させて、投稿歌の水準を超えている。しっかりした、そしてユーモアのある歌だ。

公田の歌は、この二首のみならず、グレコがあり、塚本邦雄があり、それなりの教養を感じさせ、短歌にも訓練の跡が見えている。素人が突然短歌を詠んだというのではない。しばらく短歌にかかわった痕跡がたしかに在る。ぱったりと投稿を止めてしまった公田だが、いまどうしているのだろうか。

その公田耕一の姿を追って三山喬『ホームレス歌人のいた冬』(文春文庫)というノンフィクションが出た。私がここに書いた情報は、ほぼこの一冊に拠っている。三山は、元朝日新聞の記者であったが、苦しい生活を経験する。公田を追う日々は、自分を探ることでもあるような迫真力のある一冊である。元総理大臣菅直人と政治的出発を共にしながらホームレスになった田上等との出会いなどもあり、この時代、この社会の持つ冷たさを抉り出すような一冊でもある。