ヒーローはみんなを助ける人なりと京王線にをさなご元気

          今野寿美『さくらのゆゑ』(2014 年)

小学校に上がる前くらいの子どものかわいさは特別である。

「ヒーローってね、みんなを助ける人なんだよ! 知ってる?」

明るい大声が車両に響き渡り、お母さんは他の乗客を慮って、その子に「しーっ! はいはい、知ってますよ。もうちょっと静かにしようね」なんて言ったのではないだろうか。続けてアニメか何かの主題曲を歌い出しそうな、3、4歳の男の子の姿が目に浮かぶ。

「みんな」「京王線」「元気」という撥音が連なり、弾むようなリズムが楽しい。作者は古典の素養が深く、韻律の美しい優雅な詠みぶりで知られるが、この一首ではごくふつうの言葉を輝かせてみせた。結句を「元気なり」などとせず、「をさなご元気」としたところが、何とも言えず気持ちいい。

小さな子が元気なことは、社会にとって一番の幸せだ。その子の親だけではない。見知らぬ子どもの姿を見て、元気をもらうということが誰にでもあるだろう。この歌の「をさなご」も、作者にとってたまたま出会った子どもであり、それゆえの明るさ、幸福感にあふれているように思う。

閉塞感に満ちた時代、本当に「みんなを助けるヒーロー」が現れたら、どんなにうれしいことだろう。けれども、「正義」はひとつではなく、全能の「ヒーロー」も決して現れないことを私たちは知っている。だからこそ、「をさなご」の「元気」が胸に迫る。