黒々としげる樹海の遥けきにパンケトー・ペンケトー二つ湖

佐藤佐太郎『地表』(昭和三十年)

*「阿寒」五首より。「樹海」に、じゆかい、「湖」に、みづうみ、とルビがある。

この歌が読みたくなって佐太郎の『全歌集』を家の中で捜したのだが、見つからない。半日かかって岩波の選集の第二巻をようやく見つけて安堵した。佐太郎の歌は、三一書房版の短歌全集ではじめて知ったときに驚嘆した。震災関連の歌が入っている歌集をあれこれめくっているうちに、だんだん頭が重くなって来て、何か考えるということをあまりしたくないなと思いはじめたときに、そうだペンケトー、パンケトー、あれが見たい、と思った。

歌は、単純化というのはこのようにするのだ、という見本のような作りで、音に淫するでもなく、呼び込まれたアイヌ語の地名が、自ずから神聖な秘境の湖面の光を彷彿とさせる。空の光を微細に反射しながら青白く静まっているふたつの湖は、周囲を取り囲む黒い針葉樹の森と明暗の対照をなしているのである。句の間を少しあけながら、ゆっくり息継ぎをして、この歌を読んでいると、この世の繁忙の時間が、一瞬にして遠ざかる。