一人の子を呼ぶとてけさも五人のみなの名を呼び子にはやされぬ 

中河幹子『女流十人集』(中河與一編・昭和十七年五月刊)

 ※「一人」に「ひとり」、「五人」に「いつたり」とルビ。

 昭和二十年代までは、日本人も子沢山だった。三十年代になると急に二人兄弟の家が増えて来る。私の思い出では、盆や正月などに母の実家に行くと、叔母や祖母が、食事時などに私の名を呼ぶだけでなく、自分の子の名前も含めて全員の名前を呼んでしまって、みんなで笑っていたことが、しばしばあった。

もう一首引く。

 

夜ふかき吾子が寝言に甘えりしそれのみにして足らふこころの

 

一連のタイトルは、「母のうたへる」である。最近は自分も年をとったせいか、電車に乗っていて赤子を抱えた若い母親の姿などを目にすると、まぶしいような、うらやましい気がすることが多くなった。赤ん坊がどんなに泣きわめいていても、あまりうるさいとは感じない。と言うよりは、うるさいと思わないように、おなかがすいたのか、おむつを替えてほしいのか、おんぶしてほしいのか、暑いのか、いろいろなことを考えるようにしている。そうすると、席が離れていてもやりとりの感じで、何となく感度のいい親か、そうでない親なのかがわかったりする。それは、うるさいと思ってしまったら不快なだけだ。