宇宙飛行士山崎直子さん美容院にてその黒髪を提供したり

           今井千草『パルメザンチーズ』(2014年)

 

「メキシコ湾原油流出」と題する連作の中の一首である。2010年4月にメキシコ湾で起きた原油流出事故の際、毛髪が油分をよく吸収することから、吸着材として各国から集められたらしい。山崎直子さんは、そのために長かった髪を切って提供したのだ。

この時期、ちょうど私は約1カ月かけて車で千葉から鹿児島まで移動していたので、流出事故については知らなかった。『パルメザンチーズ』という歌集に出会わなければ、ずっと知らないままだっただろう。

淡々と事実を述べているが、作者の感動が静かに伝わってくる歌だ。「黒髪」は、古来、日本女性たちがその美しさを誇ったものである。外国人女性の多くは、日本人の真っすぐでなめらかな髪を羨ましがるという。作者が「髪」とせず、「黒髪」としたところには、そういった事柄も含められているに違いない。

髪の提供ということで思い出すのは、先日、知人の女性が3年間伸ばしていた髪をばっさり切ったことだ。それが「ヘア(hair)ドネーション(donation)」のためだったと知って驚いた。提供された髪は、病気やケガで頭髪を失った人に、かつらを作る目的で利用されるという。その人の頭の大きさやかつらの種類にもよるが、一体つくるのに20人から30人分の毛髪を必要とするそうだ。髪の毛もいろいろな目的で利用されるのである。

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この一首は、調べはそれほどよくないし事実が詰まり過ぎているが、歌集の中にはこうした歌もあっていい。同時代のニュースを記録するという意味は大きいし、そこに作者が心を動かされたこと自体が尊い。大きなニュースについて多くの人がこぞって詠むことも少なくないが、自分の心に響いた一つのニュースをじっくり温めて歌にする大切さを思う。