月と海よびあひながらおんおんと水みちてくる稲佐の浜に  

         松尾祥子『月と海』(2015年)

 

「稲佐の浜」は国引きの神話で知られる島根県出雲市にある。スケールの大きな国護りの神話は、太古の悠久な時間へと私たちと連れてゆく。

歌集では、この歌の前に「結婚を決めたる娘おもひつつ古事記ひらけば島が産まれる」が置かれている。娘の成長を寿ぐ気持ちと、たっぷりとした古事記の世界が溶けあって、「月と海」の歌へつながったのだろう。娘の結婚は、自らの結婚を想起させる。夫を亡くして間もない作者であるから、思いは深く、陰翳を帯びる。

「稲佐の浜」は、神在り月に神々の集う浜である。だから、「人の世に生きる者と、神の世に生きる者とが出会える場所」でもある。生きている自分と、彼岸へ旅立ってしまった夫が、あるいはそこでは再会できるかもしれない、そんな切実な思いが詠われた一首であろう。

月の満ち欠けと潮の干満との関係を、現世では逢うことのできないもの同士が呼び合う様子と見てもよい。月と海が呼びあうから、潮が満ちてくる――何と美しく、悲しい情景であろうか。「おんおん」は、満々とあふれてくるイメージを表すのはもちろん、声を上げて泣く感じがあり、この作者の大きな悲しみが迫ってくる。