風中に公孫樹ちるなり幸福な王子が金を手放すように

       広坂早苗『未明の窓』(2015年)

 

「幸福な王子」は、オスカー・ワイルドが子ども向けに書いたお話である。

金箔で覆われた王子の像は、サファイアの瞳をもち、腰につけた剣の柄にはルビーが嵌め込まれている。けれども、王子は貧しい人たちを救うために、ツバメに頼んで彼らに宝石を届けさせ、しまいには自分の全身から少しずつ金箔を剝がして持って行かせる。

だから、この歌の「金」は、「かね」ではなく「きん」なのである。陽光に照らされて散る黄色い葉が、まるで王子の像から剝がされた金箔のようだ、という見立ての何と美しいことだろう。風に舞っていることで、王子が惜しげもなく手放した印象が加わるのも巧みだ。

イチョウの葉の散る様子を詠ったものと言えば、与謝野晶子の「金色のちひさき鳥」が有名で、もはやその様子を表現しようとは思わせないくらいインパクトが強いのだが、この作者は実に魅力的な想像を広げた。寓意に満ちたワイルドの短篇に漂う哀愁が、イチョウの葉の散る晩秋の雰囲気と素晴らしく合っている。