私といふ本に目次はありません好きな所からお読みください

       高村典子『わらふ樹』(2008年)

 

人と出会うのは、一冊の本を読み始めることと似ている。「はじめまして」と挨拶し合い、生い立ちから今に至るまでの流れを懇切に説明したうえで親しくなってゆくことなどない。誰もがランダムにいろいろな話をするうちに、少しずつ相手を知る、というのが普通だろう。

そうではあるのだが、この作者の「好きな所からお読みください」という、やわらかな言葉に心がこれほど和むのは、どうしてだろう。

人と接するときは多かれ少なかれ、自分を鎧ってしまうものだ。それなのに、この人は両腕を広げるように「好きな所から」と呼びかける。「目次」というのは、自分で自分に貼っているレッテルのようなものかもしれない。職業や出身校、特技や趣味……それを手がかりに人との共通点を探ると同時に、自分のこともアピールする。「目次」がなければ、なんとなく不安になる--。けれども、彼女は自ら「目次」を外してしまう。「あなたが好きだと感じた私は、どんな私かな? どれでもいいや。よろしくね!」とでも言いたそうな人なつこさが伝わってくる。

短歌が好きで、ピアノや手芸が上手で、くも膜下出血で倒れてリハビリを重ねた末に、再び短歌を始めて……ああ、そんな目次は要らない。高村典子という人そのものが大事だったのだ。それなのに、彼女は再び病に倒れ、帰らぬ人となってしまった。