シクロホスファミドの袋を御守りのように思いき素人であれば

北山あさひ

鯨井可菜子・山崎聡子編『短歌ホスピタル』(2015年)より

@tanka_hospital

 

一昨日と同じ『短歌ホスピタル』から、「秋とALIVE」という15首連作のうち、

 

毒ガスより生成されし抗悪性腫瘍剤[シクロホスファミド]いのちは手に負えず 秋

 

につづく歌です。抗がん剤の前身がおそろしいものであっても、やはり、一般人ならまずは「しくろ、ほす、ふぁみど……」と覚束なく唱えてみて(句またがりも覚束なさに通じます)、その名称の呪文めいた響きに願をかけたくなることがあると思います。

北山さんは大学病院で治験の仕事をしており、患者と直接会うのではなく、大量のカルテを通じて個々人の「命」を見いだすことが多いようです。

ことばやデータだけ見ていても人間を知ることはできない、という思い込みをくつがえしてくれる視点が快く、編者の鯨井さんも「『見えない患者』への心寄せが、連作の魅力を下支えしている」と解説しています。

 

カタカナで採血管に名前を書くみんなミッシェル・ガン・エレファント

 

こちらはバンド名の引用。患者名のカタカナの羅列がもたらす目まいのような感覚からの連想でしょうか。それはロックの生命感、血の熱さをともなう目まいでしょう。

なにかの名がもつコトダマ性に敏感な作者です。

 

 

『短歌ホスピタル』の他の参加者の歌や文からも、それぞれの「現場」が伝わってきました。

 

櫛つかふ腕が痛めり圧[お]しつづけし心臓すでになきこの夜を  小原奈実(医学生)

 

自らの意思で鋏に力込めラットの首をじゃきじゃき開く  小原 和(薬学生)

 

誰かの死あの人の死わたしの死たぐりよせればひとつの入り江  香村かな(看護師)

 

これだから雨というのは側溝の蓋にミミズが挟まっている  土岐友浩(精神科医)

 

さっきから泣き続けている母親がもう曼珠沙華にしか見えない  龍翔(臨床心理士)