麗しき朝のひととき帆を展くこの繰り返しが人にもあれよ

中川佐和子『春の野に鏡を置けば』(2013年、ながらみ書房)

 横浜みなと博物館に係留されている帆船日本丸の一連の中に置かれている作品なので、日本丸のことなのかも知れないが、何となく、ヨットハーバーに係留されている小さなヨットのような気もする。いずれにせよ、帆船の帆を展くという行為は心ときめくものがある。それは輝かしい未来へ漕ぎ出す期待であり、未知の世界へ冒険に行こうとする勇気でもある。日本丸のようにかつて外洋航路で活躍した本格的大型帆船の現在もボランティアによって年に数回行われている「総帆展帆」の場合はもちろん、ヨットハーバーに係留されている小さなヨットで少しダンディーなオーナーが一人で黙々と帆を張っている場合もそうである。ましてやそれが、晴れ渡った爽やかな朝の場合は一層胸が膨らみ、心がときめく。

 一方、われわれ人間の日々の営みは喜怒哀楽の繰り返しである。朝も気持ちのよい目覚めの時もあれば、悩みを抱え込んだまま沈んだ気持ちで目覚める時もある。作者は、人間の朝のひとときも、麗しい朝のひとときに帆船又はヨットが帆を展くような、爽やかなひとときであって欲しいと思う。もちろんそんな日もたまにはあるのだが、それが毎日であって欲しいと祈っている。初句で美しく気持ちのよい入り方をしながら、下句にきて人間の深い業(ごう)のようなものに思いが至っている。

 歌集のタイトルは「春の野に鏡を置けば古き代(よ)の馬の脚など映りておらん」という作品から取られており、作者はこの歌集で翌年の第22回ながらみ書房出版賞を受賞した。

   夏の日の京都御苑の砂利鳴らし全力でゆく自転車が見ゆ

   獅子唐をほどよく茹でる、ほどよくはあるとき人の心を刺せり

   ファックスの十ほど入り放牧の山羊を集めるごとく並べる