ゆらゆらと雲のあいまに浮かぶ月わたしはなにを失[な]くしましたか

村上しいこ『うたうとは小さないのちひろいあげ』

(2015年、講談社)

 

短歌甲子園県大会予選のようすなども織り交ぜつつ、高校のクラブ「うた部」での交流を描いた小説(第53回野間児童文芸賞受賞作。執筆協力者として歌人の笹公人さんと千葉聡さんの名があとがきに記されています)から、終盤で主人公の桃子がうたった一首です。

このあと「何も失ってはいない。月に向かって、胸を張ってそう言いたかった。(中略)私も綾美も、何も失ってはいない」という文が続きます。

桃子と綾美は同じ高校に入学したものの、綾美は中学時代に受けたいじめを引きずって登校できずにいました。その原因に加担した桃子が、短歌を通じてふたたび綾美と向き合えるようになるまでの物語です。

自分をふりかえっても、中学のころはきちんとした言葉をまだ持てていませんでした。主観による詩は書きはじめていましたが、自分がどう行動したいのかを客観的に判断するための言葉がとぼしく、なんとなく始まる仲間はずれに迎合したり、当事者になったり。

高校時代は、そうした意味での言葉を持ちはじめる時期です。桃子も部活動をきっかけに、言葉で意思をかよわせる可能性を見いだし、綾美にも作歌をもちかけます。

「短歌はなぞなぞだと思ったらいい。(中略)綾美ちゃんの歌は最初っから、これをわかって、これをわかって、になってる」という先輩のアドバイス、初心者でなくても、ひびきますね。

掲出歌も疑問形。短歌とは、人と人、人と世界との対話なのだと思わされました。