いつだつて足りない時間/さはされど/あればあつたで眠つてしまふ

本多真弓/本多響乃『猫は踏まずに』

(2013年、私家版)

※3行表記のため、改行位置を/で示しました

 

メモ帳のように小ぶりで薄い、左開き・横書きの私家版歌集から。カラーの写真やイラストが多く挿入されています。初出媒体により作者名の使い分けがあるようです。

この歌の場合、見開きの左ページには昼の庭園らしい写真。無人ですが、上半分は一片の雲を浮かべた青空が広がり、高揚感があります。

右ページには歌を1首のみ配置。その余白のせいか、写真よりもむしろ言葉から静けさがもたらされます。

この歌の前にある、

 

わたくしは/けふも会社へまゐります/一匹たりとも猫は踏まずに

半年の通勤定期ちやんと買ふ/わたくしはいつも長女ですから

 

といった歌には〈ちやんと〉日々を生きる勤め人の姿がうかがわれるだけに、そんな自分に怠惰を許すひとときが、2行目つまり第3句の古めかしい口調も手伝って、ほんのちょっとした時間旅行、過去への遡行に見えてきます。旧かなづかいも、眠気をまとってぐんにゃりした身体感覚にマッチしています。

ちなみにこの歌集は昨年のいまごろ、大阪の葉ね文庫という個人書店で入手しました。学校の教室をサイズダウンしたような部屋に来店者の自筆短歌や俳句の短冊が張り出され、あたたかい空間でした。

いま、関西で詩歌にかかわる若い人たちの行きつけの店になっていると聞きます。

本と、その本に出合った場所というのは、記憶のなかで案外つよく結びつくものではないでしょうか。小さな店で買った小さな歌集を手にすると、初心がよみがえります。