『「いい人」をやめると楽になる』…本を戻して書店を出づる

平林静代『雨水の橋』(平成22年、角川書店)

 『「いい人」をやめると楽になる』は1999年に出版されて話題を呼んだ曽野綾子の本である。私はこの本は読んでいないが、「いい人」とは、自分の感情を抑えて、相手のことをおもんぱかり、相手の気持ちを優先させる人ということであろう。そうすれば相手からは「いい人」と思われるが、一方で自分のストレスが溜まる。「いい人」をやめて、自分の思う通りの言動を行うと、確かに楽になる。しかし、それではやはり対人関係で軋轢を生むことになる。我々の多くはこの狭間で苦労している。

 作者は、話題になっている本を書店で一旦は手にした。それはそのタイトルに魅かれたためであろう。自分も「いい人」をやっていて、苦しいことがある。それをやめると楽になる。そう思って、一旦は本を手にしたのだが、やはり、その結果としての対人関係の軋轢を考えると、そんなに簡単に「いい人」をやめるわけにはいかない。そう考え直して、やはりその本を買わないで、書店で出てしまった。

 人間関係の難しさをしみじみと考えさせられる一首であるが、一方で、作者のさばさばした性格をも感じさせる。うじうじと思い悩むのではなく。”私はやはり、「いい人」を続けていくのだ。家族や近所の人たち、それから歌の仲間たちとの関係を大切にしていくのだ。”という覚悟のようなものも感じる。

 一見、字足らずのように見えるが、「…」の部分を3音無音で読むと定型に収まる。そしてこの「…」が作者の心の中の一瞬の逡巡を現わしている。

   幾たびも削除挿入繰り返しちひさき論のやうやうに成る

   われはいま木管の笛 海風を総身に吸ひ轟(な)り出だしたり

   寒卵の黄身崩しつつ思ひをり仕方もなきことまた思ひをり