片隅に〈桜桃忌〉とぞ記したれば上司のコメントあり業務日誌に

大井学『サンクチュアリ』(2016年、角川文化振興団)

 太宰治が愛人・山崎富栄と共に玉川上水に入水したのは1958年6月13日のこととされている。しかし、遺体が見つかったのが6月19日であり、この日が太宰の誕生日でもあったことから、6月19日が太宰の忌日とされ、晩年の彼の短編小説のタイトルに因んで「桜桃忌」と名付けられた。文学ファンにとっては馴染の深い日である。

 一方、「業務日誌」はサラリーマンが一日の自分の業務内容を記すもので、毎日、或いは一週間に一回程度纏めて、上司に提出して、チェックを受ける。それは主として上司による部下の業務の監督、把握や改善のアドバイスのためのものである。特に、外回りの営業マンの場合などは、上司の目が行き届かないために、どうしても必要なものである。これはサラリーマンには馴染のものである。

 作者の場合、歌人であると同時にサラリーマンでもある。業務日誌の「片隅」(恐らく欄外の余白であろう)に「桜桃忌」と書いた。多分6月19日の業務日誌であろう。特に意味があったのではないだろうが、業務日誌を書きながら、ふと今日が「桜桃忌」であることを思い出し、何気なく欄外にメモした。しかし、上司はそのメモを見逃さなかった。そして、業務日誌に本来の業務報告に対するコメントとは別に、そのメモに対しても何らかのコメントを書いて作者に返した。

 上司のそのコメントがどのようなものだったかは表現されていない。読者がいろいろと想像していいのだろう。普通の上梓だったら「職務に専念せよ」と書くであろう。しかし、文学好きの上司だったらまた別のコメントがなされるのであろう。しかし、私は、もし自分がその上司だったら、どんなコメントをするだろうかと思う。きっと迷いに迷うだろう。

    「我」という文字そっと見よ 滅裂に線が飛び交うその滅裂を

    「ちゃんとする」ということよくは解らねど靴を磨けり日曜ごとに

     川面から朝靄わきぬ一艘の赤きカヌーを海へみおくる