誤りて設定すれば誤りの時きざみゆく家電の時計

小野雅子『白梅』(2013年、ながらみ書房)

 最近の家電にはデジタル時計が組み込まれているものが多い。それは、例えばテレビや録画機であれば録画開始時間を、炊飯器であれば炊飯開始の時間を設定するためのものなのだが、家のあちこちにあるので、機器そのものは止めてあっても、時計としての役割は果たしている。そのような家電機器は通常、買ってきた時に正確な時間に合わせて設定するのだが、その時に誤って設定すると、その後はずっとその誤った時刻を刻み続けることになる。また、最初の設定時は正しく設定していても、使っているうちに数秒の誤差が累積して、数分の誤差になってしまうこともあうだろう。

 この作品はそのようなことを言っているのだが、人生のこととしても読めるかも知れない。例えば交友関係で、些細なことで軋みが生じれば、それは意図的に、或いは何かの偶然で修復されない限り、ずっと軋んだままである。場合によっては、お互いに心の中でその軋みが増幅するかも知れない。家電の時計の数秒の誤差が時間とともに拡大していくように。さらにこの作品では「誤り」という言葉のリフレインが切ない。

 短歌の面白さは、このように具体的なことを歌いながら、その表現の背後に様々なことが重ねて読めるということである。特に、人生の葛藤などは、そのままストレートに表現すると読者が引いてしまうことがあるが、何か物に託して読めば柔らかくなる。描写や嘱目の歌として詠みながら、その背後に作者の思いを込めることができるのが短歌詩形なのだ。

 因みに、作者は故小野茂樹氏の夫人であり、お二人のお子さん、玉井綾子氏も最近歌集を出された。

      指折りてなにかを数へゐる少女みそひともじでは多分なかなむ

      色褪せて名のうすれたる子の定規家計簿の線引くのに使ふ

      咲ききりて次に伸びくる花のためヒヤシンスその長き茎を曲ぐ