一匹の死魚を貰いて一芸を見せるバンドウイルカを目守[まも]る

奥村晃作『ビビッと動く』

(2016年、六花書林)

 

著者15冊目の歌集です。

 

八十の誕生日今日つつしみて御先祖様の霊[みたま]に告げる

 

という歌で終わっています。屈託のない自愛をうたいながら、ちょっと他人事のような調子でもあります。先祖に報告しているのが「私」ではなく「奥村晃作という人物」、くらいの感じ。

この「ちょっと他人事」感が多作につながっているのではと思います。報道キャスターのように事象をつぎつぎ告げるなかで、〈一匹の死魚〉という認識を示されると、ハッとします。

イルカはきっと生き生き、きびきび動くのでしょう。イルカとその餌の生と死という概念の対比も、一匹・一芸という単語の対比もあざやかで、最後に詠み手の行為を通じて「他人事だけれど、他人のなかには自分も含まれる」という転換を見せます。

人間も、他の生きものの死を食べて生きているわけです。

作者の認識はこのようにときおり示されますが、作者の感情はそれほど書かれません。気持ちを述べないというのは、ある意味、徹底した受け身の姿勢、敬虔な態度といえないでしょうか。宗教ではなく、科学(自然科学だけでなく、人文科学、社会科学等も)への信奉。

 

火の上のフライパンの卵、液体がたちまち白き固体に変わる

 

そうした科学性=客観性がわかりやすい歌。とはいえすべてのことに客観的であるはずはなく、たとえば絵画に関する歌ではサッと通りすぎる画家と何首もうたわれる画家がいて、扱いの多寡にたしかに主観があらわれています。