永井陽子『モーツァルトの電話帳』(1993年)
「安土」は、安土山。安土城があった場所だ。
織田信長が建てた安土城は、本能寺の変によってはかなくも廃城となってしまう。
現在は緑ゆたかな安土山で、かつては戦があり、多くの人間が血を流して死んだ。
この歌の不思議は、その出来事が起こった何百年も昔が、ほんの最近のようにおもえることだ。
また、四句目まで、音数でいえばかなりの破調であるが、「殺せば」「みどり」のリフレインは呪文のように身体に沁み込んでくる。
死を重ねるごとに「みどり」が豊穣なものになっていくという超越的に静謐な美学は、
読者をながく考え込ませる。
「殺せば」という言葉には複雑な意味がある。<死ねば>ではないのである。
うまくいえないけれど、そこには<死なせること>と<死ぬ>ことの間の哀しみがある。
そんなたたみかける口調につづいて、結句の「安土のみどり」に眼が醒める。
この説得力、言葉のちからは何だろう。
死はすぐそばにある。
最後にこのおもいにたどりついた。