光森裕樹


TODOのリストに子どもの一日の話を聞くことを追加する

浅羽佐和子『いつも空をみて』(書肆侃侃房:2014年)


(☜2月8日(水)「2つのTODOリスト (1)」より続く)

 

◆ 2つのTODOリスト (2)

 

「小さな窓」という連作から引いた。同じ連作内に次の歌がある。
 

今日やるべき仕事と吾子を抱きしめること両方ともできないままで

 

おそらくは職場で残業をしているのか、家に持ちかえって仕事をしているのだろう。生活のために必死で働くことが、幼い子ども(二歳と思われる)が必要としてるふれあいを奪っていく。だったらどうしたらいいのか、という解決は見えないままである。
 

仕事の上でのTODOと、子育ての上でのTODO。どちらも完遂しなければならないから、ひとつのTODOリストにまとめざるを得ない。その結果が、掲出歌の状況となる。
 

寝かしつけの絵本よみながらTODOの優先順位ならびかえてゆく

 

掲出歌に続く一首である。眠りに入りゆく子どもに添いつつ、おそらくは頭の中で次にすべきことを洗い出す。つまりは、子どもが寝た後にもTODOが待っているのだ。果たして、子どもの一日の話を聞くことはできたのだろうか。聞くことができたとしても、できなかったとしても、その項目はまた明日のTODOリストに並ぶことになる。
 

いつか気がつくだろうママも一人ではできないことだらけだったこと  「公園デビュー」
幼な子とみる空の色いつもいつも青空じゃないのに青ですませる  「孤育て」
「お母さん、疲れたとだけは言わないでください」若い保育士のメモ  「本当のママになるために」
カッとしてくまのぬいぐるみを投げた、わたし、十倍もただ生きていただけ  「四つの目玉焼き」

 

読むだけでこちらも苦しくなる歌だ。「公園デビュー」「孤育て」「本当のママになるために」「四つの目玉焼き」という連作タイトルそれぞれがTODOリストの一項目であるようさえ思えてくる。
 

やりたいことリストを作って今晩もリスト破いて一日終わる  「ゆらぎ」

 

たしかな人生を生きるために、本当の意味でやるべきことをまとめたもうひとつの「TODOリスト」は、いつまでも完成しないままである。
 
 

牧野芝草、浅羽佐和子のTODOリストの歌を通して、それぞれの考え方や生き方が見えてくる。面白いようでいて、なんだか恐ろしい。
 

ふと自分自身のTODOリストやスケジュール表を見てみる。
 

(〆「2つのTODOリスト」おわり)