雨の日はももいろの傘さしてゆく幾千のももの桃色のあめ

入野早代子『花凪』(1993年・深夜叢書社)

 

雨の降る薄暗い街中に、「ももいろ」がふわりと開く。そこだけが明るむ。傘の雨粒が「ももいろ」に見える。見ていると数限りなく桃が生っているような気持ちになる。

 

実際には雨粒と桃は、大きさといい、質感といい、まったく違うものだし、いくら「ももいろ」だといっても、ピンクの傘をさして桃を連想することはあまりないのではないか。

 

引用歌の第4句「幾千ものももの」は、現実からと幻想へと一気に飛躍する。「ピンク」ではなく「ももいろ」といったのは、この飛躍のためなのだ。漢字と仮名を織り交ぜて「モモ」という音を繰り返し、そういえば絵本の雨粒はいびつで桃の形に似ていなくもないと思わせる点は、実に巧みで美しい計算式を見るように鮮やか。声に出して読みたい一首である。

 

旧姓に呼ばれてふり向く一瞬の悪事あばかるるごとき騒だち

声もなく笑ひつづくる遺影はも怒らぬこはさを朝夕に見つ

たうがらし吊るされてゐる冬の窓逢はぬ恋こそながく欲りきぬ

 

自他に向けられる理知的な目が、自立した強い意志として感じられ、くっきりとした歌の印象を残す。自意識にそって描かれる濃い陰翳が、歌の彫りを深くする。