人間は世のひとかたに去りしごとひそけき昼を爬虫類出づ

常見千香夫『新風十人』(1940年・八雲書林)

 

『新風十人』は、編集者鎌田敬二の企画に、筏井嘉一、加藤将之、五島美代子、斎藤史、佐藤佐太郎、館山一子、常見千香夫、坪野哲久、福田栄一、前川佐美雄が参加した自選集。次の歌壇を担うと目された歌人たちである。ほとんどは戦後の歌壇で活躍したが、常見千香夫は、歌壇から身を引いたため、今日では名前を知る人さえ限られる。常見の執筆活動は「香蘭」→「短歌至上主義」→「鶏苑」に拠った。

 

炎暑の昼間に、道行く人影がふっと途絶えることがある。風もなく音もなく、真空のようだと思う瞬間がある。異次元に迷い込んだようで不思議な感じ。怖い。掲出の歌の情景は描かれていないが、一瞬この世に人間がいなくなってしまったと感じたのだろう。そこに何処からともなくニョキリと顔を出し、赤い舌を閃かせている「爬虫類」が目をひく。「爬虫類」とは何か。人知のおよばない地上の世界の生命体か。人間=理知に対して、爬虫類=原始生命の対照をいうのか。いずれにしても人間の意志や思惑とは関わりなく「爬虫類」は出没する。1940年は、大政翼賛会発足の年であり、2年のちには日本文学報国会が結成された。そのような世相の暗喩だと、わたしは思う。

 

西窓より射しをるかげはうつつなき赫きいろして砂壁のうへ

すずろかに大気の層のがれゆきてけふ松の間の白雲のいろ

柿若葉あめの明るむゆふべには恃むこころのまがなしくおもふ

 

作品に添えられた「小記」に、常見は「歌壇が動いてゐるのは隠れない事実だ。一列横隊に新人たちが真剣な歩一歩を行進してゆく姿も今日の如きは嘗てなかつた。そこにはすでにヂヤナリズムの虐使的傾向さへ濃厚に看取できる」という歌壇批判を記している。