雲を見て今得し歌の片はしを山の鵯鳥ひよどり鳴けば忘れぬ

与謝野寛『与謝野寛短歌選集』(2017年・砂子屋書房)

 

与謝野寛は鉄幹である。傑出した多くの近代歌人を生み出した「明星」を率いて、和歌革新をおこない、近代短歌史の舳先を浪漫主義の方向へ向けた。が、寛の短歌作品は、妻の与謝野晶子にくらべて注目されることが少ない。もっぱら短歌革新運動の推進者としてのみ話題にのぼる。

 

このたび『与謝野寛短歌集』が刊行された。これは、与謝野夫妻に間近く接した平野萬里が選をして書き置いた約2000首である。寛のおおよその作歌の行程が一望できる。巻頭に、三枝昂之が序文を寄せており、寛の出発点に「素直な情景のスケッチ」があり、近代短歌のスローガン「おのがじしに」「自我の詩」「写生」のもとには、「やかましい作法とは無縁の飾り気のない歌への関心」があっただろうと指摘している。

 

掲出の歌は「伊豆の春」の一首。1932年、59歳の作である。その3年後に寛は亡くなった。若き日の有名な【われ男の子意氣の子名の子つるぎの子詩の子戀の子あゝもだえの子】などに比べると、肩の力が抜けて自由である。空を見上げて自ずから歌の断片が浮かんだのであったが、鵯が鳴いたらそれに気をとられてしまい先の歌を忘れたという。それもまたよしと肯定する風情が大らかで、スケールが大きい。次に【しろき犬あるじの横に首のべて湖を見る枯芝の丘】が続く。

 

父はやく我れにをしへて歌よめと叱るばかりにのたまひしかな

今にしてつくづく知るは歌よめとをしへたまひし父のみこころ

 

この「父」は、歌人の与謝野礼厳である。寛の歌の変遷は近代短歌史の流れを如実に映している。