安立スハル『安立スハル全歌集』(2007)
安立(あんりゅう)スハルは、1923年京都生まれ。41歳で出版した『この梅生ずべし』が唯一の歌集。2006年没。
日常の当たり前の生活の中の、考えてみれば不思議だなあとか、考えてみればすごいことだなあ、という事柄を掬い出して、目の前にホイと置いてくるのが巧みな歌人。
ここでは、65歳になった自分の体を〈かたまり〉、つまり、物体としてとらえているのがまづおもしろい。65年もある物体が存在し続けていることに驚き、呆れ、畏れる、その素の感動が率直に出ている。
考えてみれば、65年も続けて機能し続けている物体はなかなか無い。大声で人間を讃えるわけでなく、自分ひとりの低い目線から人間に対する驚きを言っているのだ。
もちろんそれだけでは歌にならない。
「ひそひそと」という客観、「生きて」という主観、「葱きざみ」という具体が合わさって提示されているからこそ、読者は説得されてしまう。素朴に見えて、かなり技巧的な歌だと言える。
このあたりの年代(1988年)には、
・一皿の料理に添へて水といふもつとも親しき飲みものを置く
・あたらしき杓文字(しやもじ)おろしてすくひとるしろがねの飯あやにうつくし
・踏まれながら花咲かせたり大葉子もやることをやつてゐるではないか
などの名歌もある。