戦争をなくす呪文を口々に唱えて人のつらなりが進む

松村正直『やさしい鮫』(2006)

   詞書として「ハンターイハンターイ」とある。

 痛烈で、かつ切なさの残る一首である。

 製作時期を勘案すると、2003年からのイラク戦争のおりの街角の光景。

 イラク戦争に特定されなくてもいいだが、チェチェン紛争やフォークランド紛争ではイメージが違う。

 日本が加担した戦争でなくてはいけない。やはり、作者と事実と製作時期と作品は、深い鑑賞には切り離せないのだ。

 デモ隊と言わずに「人のつらなり」と揶揄する。しかし、そこには、傍観者にしかなれない作者の心の揺れが感じられる。

 また、直接の力を持たないデモ参加者の祈りのようなセリフを「呪文」といったところにも大きな揶揄がある。本来、政治的で論理的であるはずの言葉は、ただのマジカルな文句としてしか響いてこないのだ。

 デモ行進をこのように形容するには、ある人たちからの批判を受ける覚悟があるはずだ。ボクタチノ時代ハネエ、という声が聞こえてくる。

 しかし、全体的に、時代と個人の無力感や脱力感が、なんともやりきれない雰囲気を出しているのがこの一首のいいところ。社会を切りつつ、作者個人も切られているのがいいのだ。

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