バゲットの長いふくろに描かれしエッフェル塔を真っ直ぐに抱く

杉崎恒夫『パン屋のパンセ』(2010)

 

 昨年90歳で亡くなった作者の20年分の歌を編集した遺歌集。どれもほんわかとした幸せな空気をまとっている歌たちだ。

 短歌ではあれこれといろんなことが表現されるけれど、この作者ほど「幸せ」を素直に表現しえている人はいないのではないかと思う。

 

 バゲットは、長い棒状の、いわゆる「フランスパン」のこと。パン屋さんにはそれ専用の長い袋があって、このお店のものにはパリのエッフェル塔が描かれていたようだ。

 フランスパンだからエッフェル塔、という単純な発想を嘉し、あれこれ政治的なことや文化的なことを交えないで、ただ「真っ直ぐに」抱く、という。

 ゴジラでウルトラマンであればタワーを破壊したかもしれない。

 それをこの著者は抱きしめてしまう。あれこれと言わずに、ただ頬ずりするように好きなフランスパンを抱きしめ、フランスの(パリの)象徴?であるエッフェル塔を抱きしめる。

 うれしい心が大きく大きくなってエッフェル塔を抱けるほどになってしまったのか。

 

 他にも、

・この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない

・あたたかいパンをゆたかに売る街は幸せの街と一目で分かる

・バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい

などの歌がある。

 合わせて読めば、フランスパンへの偏愛を笑いながら、ほのぼのしてくるに違いない。

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