椅子に居て我れは未来を待つならず寄りも来ぬべきいにしへを待つ

与謝野晶子『白桜集』(1942年)

 

 

『白桜集」は、平野万里の編による、晶子の遺歌集。
掲出歌の前後には次のような歌が並び、夫の寛をなくした晩年の晶子の心情を伝える。

 

・君むかし麒麟のやうに踏み越えし湖畔の谷の一枚の橋
・海高し楼の露台を歩みても沈める船の甲板に似る
・たたずめばおのれも月も屋内(おくない)にあるここちする山のおぼろ夜

 

椅子にしずかにいて、自分は未来に向いているのではない。おのずと寄ってくるのは、過ぎ去ったこと、それを待っているのだという。

 

どんなことが椅子に座る晶子に寄ってきたろう。

 

伝記的に有名なあれやこれやがたちまちに想像されるが、思い出される諸々は、晶子を慰めることはなかったのだろう。まず「未来を待つならず」と、きっぱり言っていることが、思い出を迎え入れようという気持ちよりは、断念を、さびしさを感じさせる。

 

いろいろな時があったとはいえ、やはり夫があってこその一生を、まさに前へ前へと歩んだ晶子。そんな晶子が、夫を失い、後ろを振り返らざるを得なかったときの、精力的に生きた人ゆえ受け止めなければならなかった、いっそうの辛さ、わびしさを思うのだ。

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