佐佐木幸綱『はじめての雪』(2003)
それほどの秀歌ではない。が、こういう歌は歌集にふくらみを与える。
まづは、この作者の(まあ、幸綱さんが、と言った方が素直だけれど)の幅の広さを知るおもしろさ。
多忙なの日常の中で、普通の人と同じようにテレビでヨーロッパのサッカーを見ているのだ。共感と親近感は他の歌の理解につながる。
次に「ジダン」という一時代を刻印した築い選手の名前が入っているのもいい。
プレイヤーの名ならだれでもいいというわけではない。貧しいアルジェリア移民の子としてフランスで育ち、国家代表チームのキャプテンにまで至る男。そのジネディーヌ・ジダンという男の背中を見ている佐佐木幸綱という構図がいいのだ。
さらに、「テレビのなかに」という遠さがいい。
片や何万もの生の観衆に見られつつテレビで何十万にも人に見られつつプレーする身であり、片や(おそらく)自宅の一室で静かにそのプレーを見る身である。
その両者の遠さと、しかし、見る/見られるの関係を通して、時差を超えて地球上の同じ瞬間を共有しているというおもしろさ。
男が男の体を見つめているおもしろさ。
そのあたりの深い部分を作者はさらりと言うのみにとどめている。
セクシーな中年の男の歌である。