ことばもて君をのぞけば月蝕のにおいのような遠いくらがり

江戸雪『百合オイル』(1997)

 

 人間は、言葉によって人間を覗き込むことができる。

 言われてみればごく簡素な比喩であるが、この簡素さはなかなか出せない。

 

 直前には、

・そこからはふみこめずいる真夜中の君の眼の光がこわい

という歌がある。おそらく、夫婦の関係を読んだものだろう。

 ただの恋人同士から一歩踏み込んだ関係にある大人の男女の関係は、なかなか複雑である、夫婦であればなおさらだ。

 

 言葉は、感度のいい偵察器具である。こちらからの光の量や角度や種類を細かく変えられる懐中電灯のようなもの。

 だが、高度すぎて的確に使いこなすことが困難でもある。

 このあたりの適度な比喩も、鑑賞するのは容易だが、生み出すのは難しい。

 

 そして、「月蝕のにおいのような」が独自である。

 太陽・地球・月、と並ぶのが月蝕。

 月が地球みづからの「くらがり」になっている状態。そこに「におい」さえ加えられている。

 ここは、理詰めで理解しようとせず、月蝕の夜の不可思議な感覚を、感覚的にとらえておけばいいと思う。筆者には、なにか饐えた臭いのようなイメージがある。根拠はないけれど。

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