降りみだれみぎはに氷る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき

浮舟の歌  『源氏物語』「浮舟」の巻

『源氏物語』の最後の姫君といわれる浮舟は、悲劇のひととして描かれた。自らの身分の低さと不安定さ、自分勝手にしか愛してくれない男たち、母との関係。これらのことが微妙にからみあい、自身の存在を否定的にうけとめて生きていくしかない女人なのである。

そんな浮舟は、匂宮と薫、ふたりの男性から愛を求められる。
これだけを聞くと、なんという幸せかとうっとりするのだが、どちらかを選ばねばならないとなると話は複雑になってくる。
身分が低いゆえに堅実な薫との結婚を望む母。しかし、奔放な匂宮にどうしようもなく惹かれてしまう浮舟。母を悲しませたくないというおもいと、正直な自分のおもい。
浮舟はどちらをも選ぶことができず、匂宮との幸せな逢瀬のときすらこんな歌を書いてしまう。

その気持ちがよくあらわれているのが「中空にてぞ」である。
「中空」は、空のなかほどをふわふわゆくような不安定な気持ち、を暗示している。この歌言葉は、和泉式部の男を帰したあとの宙ぶらりんの気持ちを表した歌にも出てくるので有名だ。

人はゆき霧はまがきに立ちとまりさも中空にながめつるかな  『風雅和歌集』

ひとり漠然とした空しさを「中空」とした和泉式部。そして自らの存在をかけて苦しみ浮遊するおもいを「中空」に託した浮舟。和泉式部よりも、浮舟のほうが切迫感があるようにおもう。
しかしそんなぎりぎりの叫びとしての浮舟の「中空」を、匂宮は責める。どうして自分だけを愛するといえないのか、と。
物語のなかとはいえ、浮舟のつらさが迫ってきてさびしい気持ちになる。

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