冬椿、手ふれて見れば凍れるよ、我が全身ををののかしめて

平野万里『わかき日』(1904年)

椿の花は通常春に咲き、春の季語にもなっている。「冬椿」は、冬、11月から2月ごろに咲く早咲きの椿をいう。歩いていて花の香りにふと振り向くと、寒さのなか椿のあかい色が凜と映えている、ということがときどきある。

 

その冬椿の美しさに心ひかれて思わず手を触れたところ凍っていた、と掲出歌はいう。「凍れる」は、花の冷たさとともに、鮮やかな花の色と冬の引き締まった空気をも伝える。「凍れる」花は、私の全身をふるえさせるほどであった、という。椿の触れがたい美しさをよく表している。

 

触れがたい花に触れる。どこか禁忌をおかす雰囲気を持つ歌でもある。

 

この歌を収める『わかき日』は、万里の唯一の歌集だ。19歳から21歳の歌を収めた青春歌集である。そんなところから、これは深く恋にかかわる歌だと察しがつく。『わかき日』は、大きく巻の一から三に分かれているが、実際、「冬椿」の歌は恋の心理がひたすら詠まれる巻の二の最後に置かれている。続く巻の三からは、恋が加速的に破滅に向かっていく。そのため、「冬椿」の歌の「おののき」は、破滅を予感し、恋をすすめることへのおそれを暗示するものとして解釈することができる。作者は十分に意図して「冬椿」の歌の位置を決めただろう。

 

『わかき日』の恋は、おそれは抱いても、突き進む恋として展開してゆく。自らの心理をつぶやくような詠い方を織り交ぜているのが、当時の歌としては珍しく、面白い。「明星」で活躍し、与謝野鉄幹・晶子夫妻を最後まで支えた万里だが、歌の面では、情熱をぶつける鉄幹・晶子とは異なる境地を開いている。

 

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