この母に置いてゆかれるこの世にはそろりそろりと鳶尾(いちはつ)が咲く

河野裕子『母系』(2008年)

母との別れがそう遠くない日にやってくる。目の前にいる母に向き合いながら、別れを痛切に予感する上句だ。信じたくないような思いもにじんでおり、あえて言葉にすることによって現実を分かろうとしているふうでもある。親が先に逝くのは自然な順番であるはずだが、この世に「置いてゆかれる」という気がしてしまうところに、哀しみがある。

 

鳶尾はアヤメ科の植物。ちょうどいまごろ、紫色の花が咲く。「そろりそろりと」は、群生する鳶尾の花が日に日に、ひっそりとした様子で咲き、花の数が増えていく様子として読んだ。母との別れの時が「そろりそろりと」近づいてくる、あるいは、母との最後の日々へ自分が歩み入っていく、そんなふうにも読み取れる。

 

掲出歌の前には、
   このひとのこの世の時間の中にゐて額(ぬか)に額あてこの人に入る
という歌がある。「このひと(人)」は母親のことなのだが、母の時間の中に自分がいるという把握は、通常の時間の感覚を揺さぶる。普通は、時間は個人に固有のもので、ほかの人とは同じ時間をせいぜい「共有する」ぐらいの言い方をする。この歌ではそうではない。母の時間のなかに自分も生きている。自分の生きていることの根源を母に見いだす下句である。

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