わが生にいかなる註をはさめども註を超えつつさやぐ青葉は

荻原裕幸『永遠青天症』(2001年)

「わが生に註をはさむ」とはどんな行為なんだろうか。「註」をはさむという時点で、「わが生」は完全ではなく、信じられていない。「註」は、論文などで文中の言葉に印をつけ、その言葉についての解説や補足を文末などで行うことだ。註をつける心の根底には、「説明が足りていない」「誤解をまねくかもしれない」など、不全感や懐疑がある。それと同様に、説明と補足を付け足さずにはいられない、「わが生」への懐疑が、この歌の主題だろう。

 

懐疑ゆえにあらゆる「註」をはさむ。しかし、そんな「註」などやすやすと超えて「青葉」はさやぐ。「わが生」に懐疑を抱く青年が、頭上にさやぐ青葉を見上げている景を思い浮かべるのだが、「青葉」もまた比喩。「生」の比喩だ。「註」では説明しきれない、補足しきれない、名状しがたい「生」がうごめく。「註」をはさみたくなる焦りを自覚しながらも、「註」の追いつかない「生」において身を躍らせる自らを、俯瞰的に見つめる。

 

同じ歌集から次の歌を引く。

 不惑へとうねる峪間にまどひつつ虹たたず、視る力もないか

「一九九五年、夏」という詞書がつく。「不惑へとうねる峪間」とは、すなわち四十歳を意識する三十代半ばの日々のことだろう。「不惑」という言葉と齢のイメージは、「わが生」に「註」をはさまざるを得ないような迷いや焦りからは遠い。はずだが、実際のところ、「うねる峪間」において惑っている。そこには、奇瑞のような虹もない。停滞感に押しつぶされそうな心境がうかがえるが、読点をはさんで、結句で「視る力もないか」と自らを突き放すような言い方をして、第四句までの深刻さを脱臼させる。

 

実際の生き方においても、脱臼のさせ方を覚えていくのがいかにも三十代な感じがする、と現在三十代である私は共感して読む。心情的に共感を呼ぶ一方で、「視る力もないか」と落とす、懐疑と理性に裏打ちされた修辞を駆使する詩質は、第一歌集『青年霊歌』以来の作者ならではのものだ。

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